ある殺し屋〜俺の仕事に仲間はいらない。死刑台に上るのは俺一人でたくさんだ〜

arukorosiya

 今日、紹介するのは市川雷蔵主演の「ある殺し屋」。1967年の作品で監督はイッショウさんと呼ばれた森一生大映創立以来の生え抜きの専属監督で大映を代表する監督の一人です。戦前に京大を卒業した超インテリでしたが、早撮りを得意としたプログラムピクチャアの職人で生涯に128本の作品を撮りました。しかし、一方ではローテーション監督と呼ばれて評価はあまり高くなかったようです。大映という会社は生え抜きを冷遇するというよくわからない会社でヒット作を出さない限りはボーナスももらえなかったとか。本人もそうした扱いを受けるのが面白くなかったのか、毎日のように安酒をあおった。毎晩、一升ぐらいの酒を飲んでるということからついたあだ名がイッショウさん。上にいたのが、溝口健二渡辺邦男伊藤大輔で下の世代に増村保造三隅研次田中徳三池広一夫がいたのではたまったもんではなかったでしょう。まさに職人で勝新の「座頭市」「悪名」「兵隊やくざ」シリーズに雷蔵の「眠狂四郎」「若親分」「濡れ髪」「忍びの者」シリーズに「大魔神」シリーズ(!)までともう大映のシリーズものは何でも監督している。こういう職人の存在が大映を支えたのだ。人情に厚く、大部屋俳優の面倒をよく見たので現場での人気は高かった。代表作を挙げるとすると「薄桜記」「忠直卿行状記」「江戸へ百七十里」「座頭市 逆手斬り」と様々な傑作が思い浮かびますが、やはり勝新出世作になった「不知火検校」が一番よかった。

 ヤクザ仲間の間にある殺し屋の噂が流れていた。ふだんは小料理屋の無口な主人だが、”仕事”となるとどんな仕事でもやってのける。銃もドスも使わずに畳針一本で相手を仕留めるのだ。法外な値段は取るがその腕前は大したものだ。。その男の名前は塩沢(市川雷蔵)と言った。

 ある日、塩沢は無銭飲食と引きかえに体を売ろうとしていた、ズベ公の圭子(野川由美子)の金を立て替えてやる。圭子は塩沢が金を持っていることに感づいて、塩沢に近づくが全く相手にされない。しかし彼女は諦めない。料理屋の女店員のみどり(小林幸子)を追い出して女中として住み込んでしまったのだ。

 木村(小池朝雄)は悩んでいた。彼は土木を請け負う小さな暴力団の組長であるが、最近進出してきた大和田組に仕事を取られてにっちもさっちも行かない状態であった。彼は頭をつぶせば、大和田組は壊滅するはずだと大和田組長(松下達夫)の暗殺を思い立つ。塩沢の噂を聞いていた木村は早速、幹部の前田(成田三樹夫)に依頼させるが塩沢は相手にしない。木村がじきじきに依頼すると塩沢は2000万円で”仕事”を引き受けた。

 塩沢は大和田を競馬場、ホテル、愛人のマンションと徹底的に付け狙うが、大和田も大組織の組長だけあってどんな時にもボディガードをそばにおいていた。これでは暗殺は難しい。。ホテルで大和田主催のパーティーが開かれた。塩沢は踊りの出演者としてもぐりこみ、大和田に近づいた。塩沢は愛人の茂子(渚まゆみ)の後ろに回りこみ、そっと帯を外す。女の声が挙がり、皆の注意が一瞬そこに流れる。そのわずかな隙を狙って畳針を大和田の頭にブスリ。見事な”仕事”であった。前田はその腕前にほれ込んで、塩沢に弟子にしてくれと懇願するが「俺の仕事に仲間はいらない。死刑台に上るのは俺一人でたくさんだ」とすげなく追い払う。諦めきれない前田は塩沢の”愛人”と勘違いした圭子に近づくが、意気投合してとんでもない計画をたてる。。塩沢を殺してその金を奪おうというのだ。。

 市井の生活を送りながらもアウトローの仕事に手を染める。その理由もどこでそんな暗殺術を身につけたのか、もほとんどわからない。彼の部屋においてある写真から彼が戦争の頃に空軍にいたことがわかるがそれ以外に彼の過去についてわかるものは何も無い。自分の心情を漏らすことなく、仲間も決して作らないし、アウトローに生きることもない。暗殺の依頼を引き受ける際に「こんなクズ野郎、殺しても世の中は悪くならない。。」と一言つぶやくシーンにドキリとさせられる。恐ろしく虚無的で孤独な主人公である。それを市川雷蔵は全く無駄の無い演技で演じた。

 市川雷蔵と言えば時代劇のイメージが強いのですが、後期は本作や「陸軍中野学校」シリーズのように現代劇も多くなってきます。埋立地でアジトを探すところから映画は始まりますが、背中に孤独感をにじませながら凛々しく彼は歩いていきます。その姿はまさにダンディという言葉がぴったり来て惚れ惚れする。現代劇の雷蔵もめちゃくちゃかっこいい。

 その雷蔵に張り合おうとするのが若き日の成田三樹夫雷蔵に憧れながらも野川由美子と組んで出し抜こうとする。ただ悪にはなりきれなくて、ちょっとしたところで気のいいところを見せてしまう。テレたように頭をかくシーンが何ともユーモラスで好感が持てる。非常に等身大で人間くさいキャラクターで雷蔵の殺し屋と対照的に描かれている。「ありがてえっ」って指ならすシーンとかよかったなあ。その彼と組むのが野川由美子。その大きな目に好奇心と野心をギラギラさせて雷蔵に付きまといます。ぶかぶかの古着にポニーテールのお転婆娘でとってもかわいい。ヤクザ役の小池朝雄はいつもどおりに目をむいての怪演。目を動かさずに唇だけをゆがめて笑うという笑い方が不気味で、一筋縄にいかない油断できない組長ぶりを出しています。

 脚本は石松愛弘増村保造。無駄なものをそぎ落とし徹底的に殺し屋のキャラクターを作り上げています。また殺し屋の活躍を描くのではなくて、観客が感情移入しやすい若者の挑戦者を登場させ、挑戦者と殺し屋の駆け引きをストーリーの中心においた工夫も素晴らしい。石松愛弘は後に深作欣二の「現代やくざ 人斬り与太」の脚本を書いています。カメラは当時日本一のカメラマンだった宮川一夫。色鮮やかにくっきりと寒々しい。斬新なタイトルにも驚いたが競馬場のシーンも圧巻。疾走する馬、観客の群れ、そしてターゲットと、雷蔵の望遠鏡がターゲットを追っていく様が実に躍動的。殺し屋の仕事ぶりをスピーディーで見せてくれる。どこか、物悲しい鏑木創の音楽も耳に残る。大映を代表するスタッフが集合した、実に大映らしい1本です。

監督:森一生 原作:藤原審爾 脚本:増村保造石松愛弘 企画:藤井浩明 撮影:宮川一夫 音楽:鏑木創 美術:太田誠一 編集:谷口登司夫
出演:市川雷蔵野川由美子成田三樹夫渚まゆみ、千波丈太郎、松下達夫、小林幸子小池朝雄伊達三郎、岡島艶子

ある殺し屋 [DVD]

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