夫婦善哉〜おばはん たよりにしてまっせ〜

hozenji


 今日、紹介するのは豊田四郎の代表作である「夫婦善哉」。1955年の作品です。主演は森繁久彌。森繁は豊田監督への出演が多く、この作品を始めとして「猫と庄造と二人のおんな」「喜劇 駅前旅館」「珍品堂主人」「台所太平記」「新・夫婦善哉」などの傑作を残しています。そしてほとんどの作品(「猫と庄造と二人のおんな」に出演していないのがあまりにも残念)に共演しているのがこの作品で初共演となった淡島千景。原作は織田作之助。森繁はこの作品を読んだときに「これで古くさい映画界に新風を吹き込んでやる。そして大阪弁を方言でなくて日本の言葉にしてやる」と意気込んだそうです。当時、関西弁は東京から見ればまだまだ地方の言葉。大阪弁は向こうでは通じなかった。織田作之助は大阪を舞台にした小説を得意とした人気作家でしたが、1947年に33歳で早世しています。その早すぎる死は多くの読者を悲しませました。その代表作に出るということに枚方生まれのれっきとした関西人である森繁は心意気に感じたのでしょう。

 NHKのアナウンサーとして満州に渡った森繁はその声と飄々とした演技から満州映画にスカウトされます。帰国後は新宿を中心に舞台俳優として活躍。終戦直後の新宿座、別名ムーラン・ルージュで人気を博しました。映画での出世作は1952年に撮られた「三等重役」。口が達者な浦島人事課長を好演し、このキャラクターから森繁の代表作となった「社長シリーズ」が生まれます。そして1955年。久松静児の「警察日記」とこの「夫婦善哉」がキネマ旬報のベストテンに選ばれて森繁は「銀幕のスター」の仲間入りを果たします。森繁は久松静児とも名コンビを組み、「神阪四郎の犯罪」、「地の涯に生きるもの」、「喜劇 駅前温泉」などの作品を残しています。

 まだ大阪に船場の商家があった、時代が大正と言った頃のこと。新地で売れっ子だった芸者の蝶子(淡島千景)は馴染みの客だった化粧問屋の若旦那柳吉(森繁久彌)と駆け落ちして、熱海の旅館でのんびりとしていた。柳吉は里に帰った病気の女房があり、みつ子という娘がいた。柳吉の親父で当主である伊兵衛(小堀誠)は蝶子との仲を知って柳吉を勘当してしまった。東京の得意先で集金してきた金で当分は熱海でのんびり。。と思った途端に地面が激しく揺れ始めた。関東大震災だった。二人は命からがらで大阪に逃げ帰った。

 中風で寝たきりではあったが伊兵衛は実印を布団に隠して、柳吉を許そうとはしなかった。たちまち生活に困った。しっかり者の蝶子はヤトナ芸者で稼ぎ始める。ヤトナ芸者は宴会の時に呼ばれる、三味線も弾ける仲居さん。旧知のおきん(浪花千栄子)がヤトナの周旋をやっており、世話になった。客の層は悪かったが祝儀もあったので結構なお金になった。蝶子は柳吉と一緒に商売を始めようとコツコツとお金を貯め始める。一方、柳吉はボンボン気質が抜けずに蝶子から小遣いをせびって、安カフェで遊びほうけていた。柳吉はうまいものに目がなく、蝶子と二人でよく外食をした。お気に入りは「自由軒」のライスカレーだった。「ここのカレーはご飯にあんじょうまぶしてあってうまいんや」と柳吉は笑った。

 夏になる頃、柳吉の妹の筆子(司葉子)に婿養子を迎えるという噂を番頭の長助(田中春男)に聞いた柳吉は憂さ晴らしに芸者遊びに出かけてしまった。蝶子が一生懸命にためた貯金を持ってである。貯金を全部使い果たした柳吉に蝶子は絶望し、ポカポカと殴りつける。「おばはん、なにすんねん」と逃げ回る柳吉に、蝶子は貯金を使ったことよりもまだ店に未練があったことが情けなく感じていた。柳吉は年下の蝶子をなぜか「おばはん」と呼んでいた。婿養子(山茶花究)は潔癖症で廃嫡された柳吉には見向きもしなかった。柳吉にこっそりと金を渡していた長助もクビになった。柳吉は筆子からせびりとった金で関東煮屋の店を始めるのだが。。

 映画は展開も早く、蝶子の視点で二人の話がテンポよく進んでいきます。台本を読んだ森繁は豊田監督に「柳吉をかわいくやってみたいと思います」と言っています。柳吉というのはボンボンで甘ったれでその癖、気の弱い、もうロクでもない男なのですが、なぜか憎めない。芸者遊びで貯金を使い果たして、怒る蝶子を背に「まあそら怒るわな」とゴロンと寝てしまうシーンなんかあきれ果てるのを通り越して、クスクス笑ってしまう。甘ったれでどうしようもないボンボン役は森繁の当たり役となり、翌年の「猫と庄造と二人のをんな」でもどうしようもないダメ男だけどどこか可愛らしい庄造を演じています。その名演技は「夫婦善哉」も得意とした関西喜劇界の天才・藤山寛美に「森繁はんにはかなわへん。厭になってしもうた」と言わせたほどでした。

 その柳吉に懸命に尽くす蝶子を演じたのは淡島千景宝塚歌劇団出身で松竹に入社。ご存知のように宝塚と東宝は同じ阪急グループの出身だったので、淡島千景は退団扱いではなく、馘首扱いになった。当時あった五社協定東宝、松竹、大映東映、新東宝の五社が互いの俳優を引き抜くのを禁じた協定。新興の日活の引き抜きに対する対抗策であった。)の壁を越えての初東宝出演作品が本作だったのです。本作の出演で淡島は馘首扱いを取り下げてもらっています。他社出演も初めてで大阪弁も初めてで大変だったらしい。細面で笑顔がとっても可愛くて魅力充分。映画の中で森繁をポカポカ殴るシーンは勢い余って本当に殴ってたそうです。気が強くて情が深い、可愛らしい芸者を好演しています。尽くしても尽くしても甲斐のない男なれど、見捨てることができない。アホと言えばアホなのかもしれませんが、雪の中に連れ添って歩いていく二人を見ていると「なんだかんだ言うても二人はずっとこのままなんやろなあ」と羨ましく思ってしまう。

 脇役では、蝶子の世話を親身になって見てくれる浪花千栄子の存在感と徹底的に冷たく二人を見放してしまう山茶花究、耳に残るガラガラのだみ声で蝶子の父親の種吉をやった田村楽太がよかった。山茶花究豊田四郎監督の常連で森繁との共演も大変に多い。潔癖症でしっかり者と柳吉とは対照的な人間で彼に対する苛立ちを隠そうともしない。でもどこかコミカルで笑ってしまうのだ。昔の映画にはこうした出てくるだけでその一挙一足が気になってしまう脇役が多かった。  

 映画の舞台になる法善寺横丁のセットも素晴らしい。粋で気さくでそれでいてどことなく、上品な昔の大阪が表現されています。自由軒のカレーや夫婦善哉のぜんざいなどの小道具の使い方が実にうまい。(これらの店は今でもあります。)柳吉と喧嘩して一人でぼんやりと自由軒でカレーを二つ頼んでしまうシーンなんか絶妙ですね。夫婦善哉の由来を語るところもため息が出てしまう。ラストを締めくくる「おばはん たよりにしてまっせ」は映画のオリジナルで当時の流行語となりました。やっぱり大阪って大阪人ってええなあとしみじみ思う作品です。

監督:豊田四郎 製作:佐藤一郎 原作:織田作之助 脚本:八住利雄 撮影:三浦光雄 音楽:団伊玖磨

出演:森繁久彌、小堀誠、司葉子、森川佳子、淡島千景、田村楽太、三好栄子、浪花千栄子、万代峰子、山茶花究、志賀廼家弁慶、田中春男、春江ふかみ、上田吉二郎、本間文子、沢村宗之助

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