陸に上った軍艦

陸に上った


★陸に上った軍艦 8/12 シネ・ヌーヴォ
★★★
→私の祖父は32歳の年に召集された。京都の下町で八百屋をやっていた祖父には二人の子供がいた。中国に送られたそうだが、当時の日本はまだまだ連戦連勝。勝っているうちに祖父は一度帰国している。しばらくして、戦場に戻ると戦況は一変。祖父がいた部隊は全滅していたのだ。戦争末期は専ら後方支援で中国大陸で敗戦を迎えた。半年の抑留後に帰国。以降は八百屋として懸命に働き、5人の子供を育てた。

私が子供だった頃、祖父は既に一線を退いていたが、まだ元気であった。いろんな話をしてくれた祖父で、昔の話もよくしてくれた。その中には抑留中の話や軍隊では馬の世話をしていたことや戦後すぐの食糧難の話もあったが、戦争の話はほとんどしてくれなかった。昭和25年生まれの父も祖父からは戦争の話はほとんど聞かなかったそうだ。昭和を働きづめに働いた祖父は阪神大震災が起こった年の夏に死んだ。夏の暑い盛りであった。

新藤兼人が己の戦争体験を語ったドキュメンタリー・ドラマである本作を見た時に思い出したのは祖父のことであった。戦争末期に召集された新藤さんと5年従軍した祖父とは境遇は違うだろうが、働き盛りでの従軍は同じような気持ちであったのではないか、と思う。

おまえらはクズだ、と罵られて、20歳前の若造を上司として、八つ当たりとしか思えない制裁も受けた。そうした兵隊の記録は今まで語られなかった。小林よしのりの漫画にはそんな兵隊は出てこない。国を思い、戦友と肩を組み、敵軍と戦う勇敢な兵士。しかしそんな兵隊の影には、弱兵と罵られた兵士がいた。彼らは戦後、そうした体験を語らなかった。思い出したくなかったからだ。そうした、みじめな弱兵の戦記を残すために新藤さんは語り始めたのだ。

新藤さんの戦争体験については、今年の5月に日経新聞の「私の履歴書」でも書かれていた。32歳の年で海軍に召集された新藤さんは特殊任務、この任務は実は軍隊が接収した建物の掃除であった。戦争とはかけ離れた雑用の日々。

しかし、戦争はなくても軍隊はあった。「これは軍艦だ。陸に上がった軍艦に貴様らはいる!」とビンタを食らわせる、自分より遥かに若い上官。そのビンタの多くは、理不尽であり、遊びで兵隊を殴る軍人がほとんどであった。自分より年上でほとんどが所帯持ち。戦争が終われば立場がひっくり返る身分である。そうした不安さから必要以上に指導が厳しくなる。まあそうした一面もあったのだろう。

社長シリーズに「社長太平記」という作品がある。本作は社長シリーズにおいても傑作の1本であるが、設定が面白い。飯を食うのが早いのだけが取り得の一兵卒が森繁久彌、軍曹が小林桂樹、司令官が加東大介、この地位が戦後になるとひっくり返り、社長が森繁で専務が小林、加東は筆耕や消防訓練が仕事の庶務課長になっている。専務でありながら、過去の関係からか、二人になると社長を「おまえ」呼ばわりする小林の存在も面白いが、ぐうたらでも抑えるところはしっかり抑える森繁の社長ぶりも見事。人の才能ってのはどこにあるのか、わからんのだ。

話が逸れたが、ここまでのひっくり返りはなくても戦争が終わってから、社会にはじめて出ることとなる若者はそれまでアホだ、バカだと罵り続けた生活人にどういう態度で接したのか。戦争が終われば上官も二等兵も関係なし。父が祖父から聞いた話だが、捕虜生活が終わって、帰国の途についた部隊で威張り腐った軍曹が海に放り込まれる事件が起こったらしい。本土が近づき、歓喜の声を上げる兵士達。同時に湧き上がるのがこのバカらしい戦争に対する怒り。その怒りに矛先になったのが、自分に日夜ビンタ食らわせた軍曹であった。海に叩き落された軍曹は二度と本国の地を踏むことはなかった。彼も無念であったろうが、あんまり気の毒には思えない。

この映画を見て思うのは、戦争は個人の生活を壊す、ということだ。職業軍人が国の威信をかけて戦う19世紀の戦争と違い、20世紀の戦争は国と国が全てをかけて戦う、おっとろしい総力戦となった。そこには個人の意志などあろうはずがない。新藤さんが映画界入りを志すきっかけになった「盤獄の一生」。山中貞雄監督作品。映画界のエースだった彼は人気絶頂だった頃に召集され、1939年に戦病死している。マキノ雅弘は後に「あれは見せしめやった。映画界で一番やった山中を殺しよったんや」と語っている。山中貞雄を映画で描こうとした黒木和雄は悲願を果たせずに昨年に鬼籍の人となった。彼もまた戦争を描くことにこだわり続けた映画人であった。

休みの日に狂ったように妻とのセックスに励む兵士が罰の悪い顔して小便しに来るシーンや靴を上下逆さまに履いて作戦と称する将校、鉄兜を金物屋横流しした疑いをかけられた兵士などリアルなエピソードも見事なれど、自分の体験を淡々と語る新藤さんの姿に圧倒的な存在感と説得力。新藤さんへのインタビューに加えて再現ドラマで構成されているが、再現ドラマにややメリハリ弱し。