ゆうばり国際ファンタスティック映画祭、休止へ

 いつか行こうと思っていた映画祭が二つともなくなってしまった。休止とのことだが、この手のイベントは一度中止するとなかなか実施されることがないので、関係者のよっぽどの頑張りがないとしんどいだろう。7月の初旬に東京国際ファンタスティック映画祭の休止が決まり、そして昨日、予想通りに「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」の休止も決定した。東京ファンタはなんらかの形で復活すると思うが、ゆうばりは予算の大半が市から出ていたので難しいだろう。

 世の中の全ての人が映画ファンではないので、夕張市内においても様々な意見はあったと思う。ご存知のようにゆうばり映画祭の実施主体であった夕張市財政再建団体となった。財政再建団体というのは地方自治体の破産である。中央の官僚が地元の事情を考慮せずにばっさばっさと事業を切り刻んでいく。思うにゆうばり映画祭は廃止事業の一番手だったのではないか。ゆうばりファンタは言わば、6期24年と長きに渡って市長を勤めた、前市長の中田鉄治のシンボル的存在である。しかし、夕張市が破産したあと、ゆうばり映画祭は悪しき市政のシンボルとなったのだ。予算の問題よりも、そうしたシンボル失墜を目的にしたものだと思う。実際のところ、市が事務局で会場整理も市職員がやっていたことから見ても市民の理解はあまり得られなかったのかもしれない。一定のところで市民団体に運営を任せるべきであったのだが、適当な団体もなかったのだろう。

 1980年代後半基幹産業である炭鉱の閉鎖後、中田市長は観光中心の町づくりへ転換を図った。その目玉として1990年に第1回映画祭がスタート。資金は竹下内閣時代の「ふるさと創生」事業の資金1億円を活用した。バブル時代の典型的なばら撒きとして批判を受けた「ふるさと創生」事業であったが、本来の使い道は地域独自の取組を支援するものであった。結果的に見れば、分不相応な市役所、町役場、市民ホールがあちこちに作られてゼネコンを儲けさせただけであったが、それはその自治体職員がアホだったからである。ポンと金渡されて何に使えばいいか、わからずに地元の建設業に仕事を配るためだめに存在している市会議員の言うがままに建設業を儲けさせた。この町をどうして行こうか、などというビジョンは何もなかったのである。小さな町でも町の子供達がいつまでも作れるように、と図書館を作った自治体もあった。

 自称・ジャーナリスト勝谷誠彦(男色家)なんかに(ホモ特有の)高い声で言わせると竹下政権はクソで「ふるさと創生」など税金のばら撒き以外の何物でもないのだが、目的は悪くなかったと思う。ただ時代がついてこなかった。夕張市は観光都市への町づくりというビジョンを持って、映画祭をスタートさせた。そしてそれを単年度事業に終わらせずに毎年やった。役所のこの手の観光事業は単年度が基本である。予算があればやる、というもので日が翳ればなくなるのだ。厳しい財政状況の中で予算を捻出し、2006年まで実に17年間続けてきた。そこには映画祭を運営に関わるスタッフも含め、様々な関係者の努力があったのだ。映画ファンとして、そして同じ地方自治体の末端にいる者としても頭が下がる。結果が出せなかった、というだけにその頑張りを無残に踏みにじってよいものか。小泉が簡単に言う「地方の時代」など一朝一夕にできるものではない。今のような予算システムでは絶対に実現は無理である。

 金がないのは首がない、のと同じとはよく言ったもので、理想も志も銭がなくては越えられない。一度も行ったことない映画祭にここまで思い入れができる自分は少し変なんだが、「やっぱ、今年行っておけばよかった」と思う次第。数年前に行った湯布院映画祭がもう一つだったので、遠方の映画祭に少し躊躇していたところもあったのだ。後悔、先に立たずやねえ。。

金が集まれば復活するんでしょうが。。⇒映画ブログランキング