左ききの狙撃者 東京湾 1962年 松竹

左ききの狙撃者 東京湾 1/12 シネ・ヌーヴォ(追悼 映画監督・野村芳太郎 さらば、映画のコンダクター)
★★★★★
野村芳太郎のすごさはジャンルを問わない、高い演出力である。メロドラマ、喜劇からサスペンスと何でも撮った。本作もそうした野村監督の高い演出力にうならされる作品である。

 松竹は伝統的にホームドラマが強く、スタッフもホームドラマを得意としていた。黒澤明が松竹で「白痴」を撮ったときに和室のシーンをどう撮ればいいかと悩んでいたときに助監督に教えてもらったとおりに撮ったら見事、自分が考えていた通りのシーンが撮れた。「どうしてこんなすごいことを知ってたんだ」と驚く黒澤に助監督は「いやこんなことは大昔からやってましたから」と事も無げに答えた、と言う。

 松竹は伝統的に監督の下に助監督がついて派閥を作り、「○○組」という意識がとても強かった。ライバルだった木下恵介渋谷実の対立はそのまま、「木下組」と「渋谷組」の対立になった。これが松竹の強みでもあり、そして弱みでもあった。助監督は自分たちが得意とする映画を作ることを好むし、またいい作品を作る。監督も自分についてきてくれている助監督の気持ちを組んで作品を作りたいと思うので、自然と助監督の得意分野である作品が多くなる。松竹でホームドラマ以外の分野が生まれなかったのは、当然であろう。大島渚も書いていたが松竹はホームドラマ以外の分野ではからきし駄目であった。

 しかし、松竹の中で動きがなかったわけではない。東映から深作欣二を引っ張ってきて「恐喝こそわが人生」を撮らせたのもそうだし、安藤昇菅原文太も元は松竹の俳優であった。

 本作は松竹を代表する俳優だった佐田啓二の企画であり、モチーフになったのは東映東京撮影所関川秀雄や小沢茂弘が撮っていた「警視庁物語」シリーズであろう。佐田啓二はこの2年後の1964年に交通事故のために急死したためか、企画作品は本作のみ。もし生きていたら野村芳太郎と組んで松竹に10年ほど早くサスペンス路線を定着させていたかもしれない。

 狙撃のシーンから映画は始まる。車に乗っていた運び屋と思われる男が何者かに撃たれた。西村晃演じるベテラン刑事と若手刑事は聞き込みを始めるが、目撃証言はまるでなし。どこか物陰から撃ったのではないか。。近くのビルの屋上なら物陰もある。しかしこんなところから撃てるのか。。刑事の実地検分が始まる。こうやって銃を持てば、狙えるのではないか。犯人は左利きか!ここでタイトルバック。ここまで息もつかせない、目まぐるしい展開で映画の世界に一気に引き込まれる。

 撃たれた男は麻薬Gメンであることがわかり、正体がばれて組織に消されたことがわかる。麻薬Gメンの同僚を演じたのは三井弘次。悪役の多い役者であるが、「佐伯(殺されたGメン)の敵をとってやってください」と仲間を殺された悔しさをかみ締めながら、神妙に頭を下げる姿が実によかった。捜査中に西村晃は戦友の玉川伊佐男と再会する。彼が左利きでライフルの腕が抜群だったことを思い出し、密かに彼をマークする。中盤以降は西村と玉川の腹の探りあい、やり取りがドラマの中心になっていく。果たして玉川は組織に雇われたヒットマンであったのだが。。

 クリント・イーストウッドがこの映画を見たら絶対にリメイクしたいと思われるほど、色濃く男のドラマが描かれている。西村は自らの刑事という仕事に誇りを持っている。しかしその一方で戦争を共に戦い、命がけで自分を守ってくれた戦友に縄がかけられるのか、と悩むのだ。さらに玉川には少し知恵遅れの妻がいて、妻は玉川にすがって生きている。またこの奥さんが健気に可愛らしいのだ。玉川も自分が狙撃した男が警官だとは知らず、「もし狙撃した男が自分が警官を殺したことを知ったら驚くだろうな」とポツリともらす。

 撮影は野村芳太郎と名コンビを組んだ川又昂。本作でも海岸で語る二人をシルエットで映し出したり、終盤の車両での争いを臨場感をたっぷりに撮っている。野村芳太郎、川又昂もいつもとは全く違う仕事を楽しんでいるのがよくわかる。それはスタッフだけでなく、キャストも同じで本作は西村晃の代表作であろう。こうした作品を映画館で見れる喜びを感じないにはいられない。映画館で観客全体が固唾を呑むようなピンとした空気の中で楽しみたい作品である。

東京湾 [VHS]

東京湾 [VHS]