中北千枝子、死去 - ほぼ日本映画専門サイト「キネマの星座」

subara

　昔の日本映画には脇を固める印象的な俳優さん、女優さんがたくさんいました。さほど重要な役柄でなくても出ているだけでシーンにびしりとして重みが出るような俳優さんやタイトルで出演していることを知り、どんな役柄で登場するのかと日本映画ファンの胸をときめかしてくれるような俳優さんがいました。中北千枝子はどちらかと言えば前者の方で地味ながらも要所要所を締めてくれる女優さんだったと思います。「山の音」「女が階段を上る時」「流れる」などの成瀬巳喜男の映画をはじめとした東宝映画での好演が光りました。

　脇役が多かった女優さんですが主演作もあります。それが黒澤明の「素晴らしき日曜日」で私がこの女優さんを知ったのもこの映画でした。東宝争議の最中で予算もなくてオールロケで撮られたこの作品で彼女が演じたのは工場に勤める平凡な女の子。付き合っている彼氏との休みの一日を描いた作品です。黒澤の狙いは戦後すぐの庶民の暮らしを生々しく描き出すことでした。そこで全く無名で、取り立てて可愛くも無い（失礼）中北千枝子を起用したのでした。やっぱり印象に残るのはラストの観客に向けての彼女のアピール。「手をたたいてください。お願いします」と懸命にイモくさい娘がカメラに訴えかけるシーンは少し、照れくさいほどに熱がこもっていました。黒澤はここで観客から拍手を起こることを期待してこの作品を作ったそうですが、日本では起こりました。後世、フランスで上映した際に万雷のような拍手が起こったそうです。

　それからドラマ版「白い巨塔」（1978年）で財前五郎（田宮二郎）の母親役を演じたのもよかったですね。死の床についた財前を見舞おうと彼女は駆けつけるのですが、会ってしまうと息子は自分の余命がいくばくもないのに気付くのではないか、と考えて会わずに帰ってしまう。思わず泣き崩れてしまうシーンは涙を誘いました。

　年に79歳と不足はありませんがまた戦後すぐの日本映画界を支えた人が亡くなりました。東宝映画の重役さんの奥さんだったのは知らなかった。合掌。