忍びの者〜リアリズム忍者映画〜

itikawa


 今日、紹介するのは市川雷蔵映画祭から「忍びの者」。市川雷蔵の後期の代表作の一つで全8作の人気シリーズになっています。監督は山本薩夫成瀬巳喜男の弟子の一人として東宝で映画を撮りますが戦前からの筋金入りの共産党員であったために1948年の東宝争議で追放。以降は独立プロとして「真空地帯」「松川事件」などの所謂、社会派の作品を撮り続けます。安保紛争が過去になってなかった62年。映画会社が「党員」であり、「来なかったのは軍艦だけ」といわれたほどに過激であった東宝争議の関係者であった山本監督を敬遠するのは当たり前のことでした。当時、映画業界は最も組合運動が激しい業界で多くの主義者が映画業界から追放されています。独立プロで細々と映画を作っていた彼らを拾ったのができたばかりの東映でした。東映のプロデューサーだったマキノ光雄は「うちは右翼も左翼も関係あらへん。大日本映画党や」と彼らの高い演出能力を高く評価して内田吐夢今井正田坂具隆などを登用しています。大映永田雅一が「共産党員でも仕事がうまければいいのだ」と山本薩夫を登用したのも、その影響があったのでしょう。その思い切りはやはり、彼らの「活動屋」としての自負であったと思います。

 時は戦国末期。伊賀忍者は高度な諜報技術と暗殺技術を得意とする職能軍団であり、諸国の大名の依頼を受けて諜報活動を行い、対価を得ていました。忍者軍団の頭領である百地三太夫伊藤雄之助)は比叡山を平然と焼き払い、一向宗徒を弾圧する織田信長若山富三郎)に憎悪を抱いて、配下の下忍に信長暗殺を命じていました。三太夫は穏やかな人間で大変に人望もあり、配下にしたわれていました。石川村の五右衛門(市川雷蔵)も彼の信奉者の一人でした。一方、同じく忍者軍団の頭領で三太夫のライバルである藤林長門守。三太夫とは対照的に豪放磊落な性格で配下を率いており、彼もまた木猿(西村晃)に信長の暗殺を命じていたのだった。

 内務を担当していた五右衛門でしたが三太夫の妻、イノネ(岸田今日子)と男女の関係になります。が、それは三太夫に知られるところとなり、イノネは逃げる途中で井戸に落ちて死んでしまいました。怒った三太夫は罪を赦して欲しくばと、信長の暗殺を命じます。元々、優秀な忍者であった五右衛門は信長の暗殺を狙いますが、忍者村を脱走してきたハタ(藤原礼子 後に若山富三郎の奥さん)からイノネを殺したのは三太夫であることを聞かされて、忍者がとことん厭になります。忍者であることを辞めてしまい、遊女のマキ(藤村志保)と世帯を持って平穏に暮していた。が、三太夫の部下である葉蔵(加藤嘉)によってマキはさらわれ、またもや信長暗殺に挑戦することとなる。。

 それまでの忍者と言えば、講談のように権力者をからかうヒーローものとしての扱いが多かったのですが、本作では忍者を諜報技術を生業とする職能軍団として描き、アクションよりも組織のドラマに重点がおかれています。派手な水とんの術も火とんの術も出てこないで、身体能力で己を守り戦う忍者が描かれています。市川雷蔵は忍者のリアリズムを体現するために伊賀から忍者の子孫を招いて逸話を聞き、入念な訓練を繰り返して役作りをしたと言います。時代、組織と必死になって戦い、翻弄されていく若者を好演しています。相手役は藤村志保。デビュー作の「破戒」から市川雷蔵との共演作が多い女優さんで「眠狂四郎」シリーズによく出ています。いつもは背筋がすっと伸びた凛とした女性を演じることが多いのですが、本作では、はすっぱで可愛らしい遊女を好演しています。

 伊藤雄之助が絶好調です。私が一番好きなのは全てが終わったあとでひょっこり現れてとぼけた口調で締めくくってしまう「椿三十郎」の家老役なのですが、「とむらい師たち」の「ワンツスリー、ワンツスリー」の怪しげな医者などの濃いキャラクターも棄てがたい。本作ではじわじわと若者を自分の手中に納めていく忍者の首領と豪放磊落な頭領の二役を好演。扮装だけでなく、台詞回しもガラリと変えてしまう器用さがやはりこの人の特性でしょう。ま、どちらも伊藤雄之助にしか見えませんが。若き忍者を率いて戦うリーダーと思いきや、若き忍者を駒代わりに老獪に策謀をめぐらせていく首領の姿はこれまでの講談に出てくる慈愛に満ちた親方様とはっきり違います。諜報技術を生業とする職能軍団の頭領としての姿であり、そこには組織というものの恐ろしさがこめられています。首領がどういう人間かを知りぬいて、付き従っている無表情の加藤嘉が大変に怖い。そこには、主義者としての映画にこめた「体制批判」がこめられているのですが、映画にリアリズムを味付けするいい香辛料になっています。

 「忍びの者」は大ヒットを記録しました。山本監督は翌年に「続・忍びの者」を監督し、シリーズ化の基礎を固めています。その後、ベストセラー「白い巨塔」、「氷点」の映画化で日本映画を代表する監督となります。社会派としての切り口を味付けにドラマをだれることなく、きっちりと描く才能は高く買われました。70年代には次々と作品を発表。日活にて「戦争と人間」三部作を完成させ、追放された東宝において「華麗なる一族」を撮り、「不毛地帯」「金環蝕」「皇帝のいない八月」などの大作を発表。大映倒産後も各社で映画を撮り続け、淀川長治から「アカいセシル・B・デミル」と褒めてるのか、からかってるのかよくわからん評価を受けています。1983年、死去。死ぬ直前まで撮影の準備を進めたと言います。彼もまた「活動屋」だったのです。

監督:山本薩夫 製作:永田雅一 原作:村山知義 脚色:高岩肇、撮影:竹村康和 音楽:渡辺宙明、美術:内藤昭
キャスト:市川雷蔵藤村志保、浦路洋子、藤原礼子、真城千都世、岸田今日子、城健三朗、小林勝彦、伊藤雄之助、丹羽又三郎、西村晃中村豊、沢村宗之助、加藤嘉

忍びの者 [DVD]

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完本 市川雷蔵

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当分は市川雷蔵で行きます。今やってるので紹介したいのあらへんし