☆野良犬
☆野良犬 2/5 京都文化博物館映像ホール
★★★★★
→黒澤明が若くして天才と呼ばれたのはなぜか、という問いに対して本作は明確な答えを出してくれるであろう。「七人の侍」よりも「用心棒」よりも本作を黒澤明の最高傑作と語る映画評論家も多い。
1949年にこの作品が発表された時に黒澤はまだ39歳であった。来なかったのは軍艦だけ、と言われた東宝争議に反対して1948年の「酔いどれ天使」を撮影後に東宝を退社し、独立プロや松竹、大映と様々なところで映画を撮ります。黒澤が古巣の東宝に復帰するのは1952年の「生きる」で3年後のこと。黒澤が巨匠となるのはその間に大映で1950年に撮った「羅生門」で当時の黒澤明はまだまだ中堅どころであった。山本嘉次郎、谷口千吉、成瀬巳喜男らと共に結成した独立プロ、映画芸術家協会にて本作は製作されていますが予算は潤沢にあったとは考えにくい。
しかし黒澤のすごさはその低予算を逆手にとって戦後すぐのごちゃごちゃした町並みをロケで効果的に切り取り、物語に深みを与えたのだ。町の様子はB班を担当した本多猪四郎が撮影している。彼は黒澤明の昔からの親友であった。
犬が舌を出してあえぐ様子から夏の暑さをくっきりと描き出し、映画は始まる。三船敏郎演じる刑事が夏の炎天下の中、女スリをずっと追っていく過程をドキュメンタリータッチに描いたシーンは圧巻であり、空気がビリビリと音を立てそうなほどの緊張感をスクリーンに走らせることに成功している。じりじりと照りつける太陽、べっとりとにじむ汗、じとっと汗ばむ夏の夜、そしてバケツをひっくり返したような夕立と夏という季節をうまく使っての絵作りも実に見事だ。
「世の中は確かに悪い。しかし世の中が悪いと言って悪いことをする奴はもっと悪い」と言い切る三船の言葉には、痛烈に妥協無く、時には厳しすぎると思うほど、悪を非難する黒澤の姿勢が籠められている。「貧苦に耐えかねての犯罪」という言葉がまだあった頃から黒澤は観客に「悪に負けてはいけない」と訴えかけていたのだ。黒澤明はすごい監督であったということがまざまざと感じられた。
毅然とした三船敏郎に対して、しぶとく逃げ回る木村功は正反対のすごい演技を披露する。「関の彌太ッぺ」の箱田の森介もすごかったが、ニヒルに頬をゆがめて笑う、どこか悲しげな男が木村功はすごくうまかった。ベテランのスリ係刑事を演じた河村黎吉もよかった。ニタアと相互を崩して笑いながらも目はスリの一挙一足から離れない。数年後、河村黎吉は「三等重役」で当たり役をつかむが、まもなく病没。惜しい役者であった。三船と相棒を組むのは、無口に仕事をこなす職人肌の刑事を演じた志村喬。喜劇出身らしく、表情豊かに人情味たっぷりに演じた。他にピストル屋の山本礼三郎、淡路恵子の母親を演じた三好栄子も見逃せない。DVDで見るのはもったいない。ぜひ、映画館で。
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