血と骨
- 作者: 梁石日
- 出版社/メーカー: 幻冬舎
- 発売日: 1998/01
- メディア: 単行本
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今日、紹介するのは梁石日の自伝小説の映画化である「血と骨」。監督は「刑務所の中」の崔洋一で脚本は「OUT」の鄭義信。この組み合わせは93年の「月はどっちに出ている」以来で11年ぶり。「月はどっちに出ている」は93年のキネ旬ランキングで二位の「お引越し」に大差をつけて一位を奪取しました。在日という言葉がまだタブーワードに近かった時代に在日朝鮮人の生き様をあざやかに描き出したこの作品は、この年の代表作になったのです。この作品にはユーモアたっぷりに動き回る人間が描かれていました。
1920年代。多くの朝鮮人が一旗挙げようと日本に渡ってきていた。済州島出身の金俊平(ビートたけし)だった。大阪の朝鮮人集落に住んだ彼は並外れた暴力を頼りにヤクザにすら、一目置かれる存在になっていく。やがて彼は金正雄(新井浩文)の母となる李英姫(鈴木京香)と出会う。幼い娘を女手一つで育てながら飲み屋で働く彼女を気に入った俊平は暴力で彼女を自分のものにしてしまう。そして花子(田畑智子)と正雄が生まれた。しかし、その生活は円満とは程遠く、俊平の暴力に母と子は怯えるだけであった。家は荒れ放題で地獄のような毎日であった。
戦争が終わると俊平は子分の高信義(松重豊)、元山(北村一輝)を従えてかまぼこ工場を始める。事業は成功し、巨万の富を得る俊平。そこに俊平の息子と名乗る朴武(オダギリジョー)が突然現れる。俊平が済州島で犯した人妻の子供であった。武は愛人の早苗(中村麻美)を呼び寄せ、好き勝手に暮らし始めた。正雄は颯爽とした武に憧れる。武は俊平に金を要求するが、俊平は拒絶して大喧嘩になる。
やがて俊平は家を出て同じ町内に愛人を囲う。戦争未亡人の清子(中村優子)だ。英姫は昼間からセックスに狂う二人に怒りを覚えるが、俊平が家にいないことで安堵も覚えるのだった。。。
この映画の主人公である金俊平は並外れた暴力で相手を叩きのめし、女を犯し、金を握る男で圧倒的な存在感も持ちます。家族にしてみればこれほど迷惑な男もおらんし、知り合いにも欲しくないタイプです。だが、たけしが語るように見方を変えると「この人は強烈に悪いけど純真な」男なのだ。自分の体だけを信じて、自分の思うように酒を飲み、女を抱き、金を稼いだ。関西の在日社会では俊平は伝説になっており、たけしも「血と骨」を知る前から金俊平の存在を知っていたらしい。友達にはなりたくないタイプだし、「あたまのおかしなオッサン」なのかもしれません。ただ、そのすさまじい人間力には何か惹かれるものがあるのだ。
金俊平の凄かったところは誰にも頼らなかったところだ。韓国は同族社会で一族の結びつきが強い。狭い在日の社会では在日同士が助け合っていきていたし、固まって過ごしていた。が、俊平は同胞をこき使い、甥っ子からも銭を取った。そして家族を奴隷のようにこきつかった。彼が信じたのは自分の肉体だけであった。それだけに、彼が脳溢血のために倒れた時にはじめて「たたれへん。。」と不安げな顔で呟くシーンが印象的だった。
俊平を演じたのはビートたけし。自分の監督作品以外での主演は久しぶり。「御法度」での共演(近藤を崔、土方をたけしがやった)が有名ですが崔洋一のデビュー作「十階のモスキート」にもチョイ役(予想屋)で出演していました。役者としてのたけしは演技はあんまりうまくありませんが、「バトルロワイアル」の先生役のように圧倒的な存在感を持っている。金俊平の得体の知れなさ、怖さみたいなものをよく体現していた。ただ惜しむらくは肉体がついていってないので、暴力シーンに説得力がないのだ。「コミック雑誌なんかいらない!」をやってた頃のたけしなら、怖いほどの迫力になっていたと思う。それから老人メイクはやはりコントのイメージが強すぎる。
もし時代が10年前なら俊平を誰が演じていただろうか。
緒形拳、原田芳雄、萩原健一、菅原文太と名前は何個でも挙がるが、もし彼が生きていたなら絶対に手を挙げていた。
松田優作である。
祖国の血を誇りにしていた彼なら、嬉々として金俊平になりきっただろう。
いずれにせよ、仮定の話である。
今の40代の俳優で金俊平を演じきれる俳優は少し考え難い。佐藤浩市、豊川悦司、岸谷五朗、中井貴一と俳優の名前を思い浮かべるが、しっくり来ない。崔がたけしを指名したのは賢明だったと思う。
パンフによると阪本順治がこの映画を撮りたがっていたらしい。「KT」や「新・仁義なき戦い」と在日社会にこだわってきた彼ならば、そうだろうなと思う。彼が撮ったならばどんな作品になっていただろうか。彼ならば在日を通した”昭和史”の側面を強調した芸術映画になっていただろう。しかし私はそうした”昭和史”を映画の彩りにとどめて、あくまでも俊平の生き様に焦点を定めた、この描き方がよかったと思う。賛否両論な作品ですが、映画の醍醐味をたっぷり味わえた作品だった。俳優では高を演じた松重豊、ヌードも披露した濱田マリ、借金で追い詰められる國村準がよかったです。
監督:崔洋一 脚本:崔洋一、鄭義信 原作:梁石日 撮影:浜田毅 美術:磯見俊裕 音楽:岩代太郎
キャスト:ビートたけし、田畑智子、國村準、オダギリジョー、中村麻美、鈴木京香、濱田マリ、松重豊、北村一輝、新井浩文、中村優子、柏原収史、寺島進、伊藤淳史、唯野未歩子、平岩紙、トミーズ雅、仁科貴、斎藤歩、佐藤貢三、三浦誠己、伊藤洋三郎、塩見三省