中島貞夫監督初期作品「893愚連隊」〜いきがったらあかん。ねちょねちょ生きることや〜

tetorapot2004-08-24

 今日、紹介するのは中島貞夫の「893愚連隊」。世間が「華氏911」に燃えている時にあえて1966年の日本映画でございます。中島貞夫ファンの間でも大変、評価の高い作品で新文芸座中島貞夫映画祭でもニュープリントで上映されました。10月に行われるシネ・ヌーヴォの映画祭でも上映されます。エロもグロもないのに、ビデオに成人指定ラベルが貼られているのが謎です。

 ジロー(松方弘樹)、参謀(荒木一郎)、オケラ(広瀬義宣)の三人は京都駅で白タクをやったり、男前の大隈(近藤正臣)と組んで女をだましてバーに売り飛ばしたり、事件屋として社長(遠藤辰雄)をだましたり、ロクでもない日常を過ごしていました。彼らはヤクザではなくて、勝手気ままな愚連隊だった。しかし、ヤクザの黒川(高松英郎)が現れると争うことなく、逃げてしまう。

 ある日、ジローはかつての兄貴分の杉山(天知茂)に会います。二人は闇市で共にスルメを売っていたのですが、杉山は殺人の罪で服役していたのでした。杉山はカタギとして暮らそうとしますが、かつての恋人(宮園純子)が友人の奥さんにおさまっていることにむかついて、ジローの愚連隊に入ります。もっとも杉山は時代についていけず、彼らに養われることになります。

 しかし戦争を経験して弱きを助け、強きをくじくという道徳を強く持つ杉山と生きる為には女を売り飛ばすこともいとわない愚連隊とは違いすぎました。意見をしても「冷蔵庫でも5年の保証があるけど、わしらには明日の保証もないんや」と返されてしまいます。杉山は同じく、愚連隊に溶け込めないでいる混血児のケン(ケン・サンダース)とよしみを通じて二人で彼らと距離をおき、彼らが売り飛ばした、のぶ子(稲野和子)と一緒になります。

 杉山に刑務所仲間の横田(待田京介)が面白いネタを持ち込んだ。製薬会社が新しく発売する薬の原料を盗んで脅迫して金にするという話だった。杉山の話に乗ったジロー達は見事に原料を盗み出す。しかし、仲間だった大隈が黒川に通じており、またもとんびにあぶらげ、さらわれた。「負ける戦争する奴はアホや。日本も負けたやろ」と愚連隊の三人は反対するが、その金でのぶ子と町を抜けようと考えている杉山はあくまでも戦うことを主張する。

 ヤクザでもない、一般人でもない世界に生きる「愚連隊」、つまりチンピラを扱った映画。主人公のジローはちっともかっこよくないし、またかっこよく描こうともしていません。兄貴分の杉山が「戦おう」と言っても「負ける戦はせえへんのじゃ」と乗ることはないし、「一人でも戦う」という杉山を「兄貴がいらんことしたら、わしらまで睨まれる」と止める始末。最後の最後でやっと戦うことを決意しますが、決して英雄になることもない。

 女を抱きたい、酒を飲みたいという欲望はあっても将来の目標なんか何もない。ただ、毎日が楽しければいい、と本当にどうしようもない野郎達なんですが、生きる意欲だけはある。義理も人情も関係あるか、笑いたきゃ笑えや、俺は生きていくわい、という心意気みたいなものには結構、惹かれるものがある。そうした思いが最後の「いきがったらあかん。ねちょねちょ生きることや」という台詞に生きていると思います。

 東映ではこの映画が作られた頃からぼちぼち仁侠映画の全盛期に入り、男の生き様やロマンが強調される映画ばかりが作られる時代に入っています。その時代に世の中を笑い飛ばすみたいな映画はあまり流行らずに興行的には振るわなかったようですが、中島監督はこの映画で日本映画監督協会の新人監督賞を受賞します。後の「まむしの兄弟」に通じるような、情けないけど好感が持てるチンピラがテンポよく、生き生きと描かれています。

 後に中島貞夫映画の常連になる松方弘樹荒木一郎が出ています。松方はまだまだ線が細くて「脱獄広島殺人囚」で見せるような迫力はありませんし、ふにゃふにゃした兄ちゃんみたいですが飄々とした感じはでていた。荒木一郎演じる「参謀」も面白い。理屈っぽく、世間をひねた見方で突っ張っている。対して昔肌の兄貴を演じる天知茂も印象深い。真面目な顔で「米でも盗んだらどうや」というシーンはおかしみ以上に時代に取り残された男の悲しみが感じられる。でも笑ってしもたけど。白黒で派手なアクションはありませんが、じっくり楽しめる作品です。広瀬健次郎のテンポのいい音楽も楽しめます。ちなみに「やくざぐれんたい」ではなく、「はち・きゅう・さんぐれんたい」というのが正しい読み方です。

監督、脚本:中島貞夫 企画:天尾完次、日下部五朗 原作:菅沼照夫 撮影:赤塚滋 音楽:広瀬健次郎 助監督:土橋亨

キャスト:松方弘樹天知茂藤岡琢也遠藤辰雄荒木一郎高松英郎、三島ゆり子、稲野和子、ケン・サンダース、近藤正臣宮園純子南都雄二、広瀬義宣、待田京介潮健児横山アウト桑原幸子

参考文献
遊撃の美学―映画監督中島貞夫