誰も知らない

 今日、紹介するのは「誰も知らない」「ワンダフルライフ」「ディスタンス」とドキュメンタリータッチの作風で知られる是枝裕和。監督の知名度とそのヘビーな題材からミニシアターでひっそりと公開される予定の映画でしたが、主演の柳楽優弥カンヌ映画祭で至上最年少でトム・ハンクス(「レディ・キラーズ」)トニー・レオン(多分、「2046」)をはじめとする強豪を押しのけ、主演男優賞を獲得する快挙を成し遂げて大きく新聞に取り上げられて話題になりました。

 最も賞を取ったことよりも、その後のインタビューの柳楽君の天然っぷり(「尊敬する役者は押尾学」などのピンボケ発言も笑えた)が人に愛されたことが大きかったと思います。8月7日の封切以来、映画館はどこも大入り満員。京都では、あの閑古鳥が住むという京極弥生座も満員になったというのだから驚きだ。大阪ではガーデンシネマ、パラダイススクエア、シネフェスタに加えてブルク7での拡大公開が決定。京都でも来週からMOVIX京都での上映が始まりました。私は一番客が少ないと思われる、上映中にジェットコースターの轟音が鳴り響く動物園前シネフェスタで見てきたのですが、ここでも220人入る一番大きな劇場で見事に満員。いや、恐れ入りました。

 この事件のモチーフとなったのは1988年に起こった「西巣鴨子供4人置き去り事件」という事件です。
いたるところで紹介されてますが、詳しくは下記のサイトをご参照に。
↓↓
http://www8.ocn.ne.jp/~moonston/family.htm

 この手の事件が起こると非難されるのはやはり母親で当時のマスコミも母親を強く非難したものが多かったと言います。が、是枝監督が興味を抱いたのは母親がいなくなっても黙々と兄弟の面倒を見続けた長男でした。当初、友人と共に兄弟を虐待したと伝えられた長男でしたが、裁判が進むに連れて長男は兄弟の面倒をよく見ていたことがわかります。それどころか、彼らを言わば”置き去り”にした母親に対して、期待にこたえられなかった自分の無力を詫びたと言う。「僕はこの少年がいとおしくてたまらなくなってしまったのである」と言う思いから是枝監督はこの年に事件を脚本化。つまり、事件直後から長くあたためてきた企画だったのです。

 この事件が誰が悪いのか、と言う命題はこの映画に関しては無意味だと思います。そりゃ一番悪いのはやっぱり母親なのでしょうけど。蛭子が言う「母親がもっと悪い人間でないと少年たちが可哀想に見えない」という意見も一つの見方だと思う。だけど、母親一人の責任におっかぶせるのは違うと思う。彼女に”置き去り”にした意識は薄かったでしょうし、「私が幸せになっちゃいけないの」という言葉の重みにはぞっとする。社会にはまだまだ非嫡子、片親に対する差別はありますしね。マンションなんかまず、借りられないでしょう。曲がりなりにも4人の子供を生み、育ててきたという事実はやはり無視できない。そもそも、彼女に子供を押し付けていった男たちはどうなんだ。こいつらが一番最悪だ。

 この母親を演じたのは映画は初出演になるYOU。一つ間違えば、母親が全部悪いと理解されてしまうこの映画において、この役を演じるというのは非常にリスキーだったと思う。いい加減でもうどうしようもないなんだが、子供達に対してはいい母親だったんだろうなあ、、と思わせるような母親を好演。ラストの金を送ってくるシーンなんか、彼女しか出来ないだろう。長男に本気で子供を預けてしまっているのだ。

 井筒和幸は「YOUはええ子やからミスキャスト。ここは泉ピン子がいいと思う」と語っていたが、泉ピン子だったら母親が主人公の女の悲劇を強調するだけの映画になっていただろう。是枝監督は母親を悪人と描いていないので、ここは見解の違いでどうにもなんない。YOUは演技経験が少なかった(「ごっつええ感じ」ぐらいか?)ので、ほとんど素でこの役を演じていると思う。YOUにはこれからドラマの仕事が舞い込むと思うけど、この成功は是枝監督の演技指導とYOUの天性のものだから、多分これっきりだろう。YOUだけに限らず、この映画のキャストは所謂、小芝居を強調する俳優はいない。木村祐一タテタカコなどの演技未経験者も多いしね。これはリアリズムを徹底する手法の一つで是枝監督のスタイル。

 私はこの映画を見て全然泣けなかったのです。横で泣きまくってる母親らしき人を見ながら、心が急激に冷えていくのを感じていました。ただ、映画終わってからいろいろと考えた。一番印象的だったのは、やはりこんな絶望的な状況でも笑みを忘れることなく、たくましく生きていく子供達だったのではないか、と。母親が向こうの家庭で楽しくやっていることがわかって、もう母親に頼ることはできないと決断する。それは諦めというよりも、人生の選択である。金がなくなっても彼は行政にも大人にも頼ることはなかった。兄弟4人で生きていく決意を固めたからである。それが一つの悲劇につながるのだが、その決意からは悲壮感よりも”生命力”が強く匂う。あのラストから見てもこれは決して悲劇としてだけ描いているのではないことがわかる。ただ、長男がそこまでの決意をするまでに至った背景は俺にはとうとう理解できなかった。

 映画はテンポものろく、淡々としたペースで進んでいく。リアルだなと思ったのは大変な状況におかれてるとは言え、子供達が一歩外に出れば世間からは普通の子供達だと思われているところ。長男の明君にもゲーセンで友達を作ったり、通りがかった公園で野球に混ぜてもらったりしています。またそうしたシーンでの明君は全く普通の少年で素直に楽しんでいる。そういう少年らしさも、ちゃんと描いています。

 キャストでの出色はやはりYOUと柳楽君。他の子供達も特に末の少女の愛らしさは見ててホッとした。茂君は映画の始めとラストで全く顔が変わっていてびっくりした。順撮りで一年間かけて撮ったおかげだろう。大人ではコンビニの店員をやった加瀬亮がよかった。子供達の事情をうすうす感じ取りながらも、黙々とロス商品を子供達に与え続ける。同じくコンビニ店員のタテタカコ(カツノリに似ていると思ったのは俺だけか)も優しそうでどこか芯のありそうな感じが出ていた。

 様々な感想が出てくる映画だと思います。色々と考えさせる作品でもありました。パンフには色々と詳しく載っていますのでパンフも購われることをお薦めします。ゴンチチの音楽もよかったです。

監督、脚本、編集:是枝裕和 撮影:山崎裕 美術:磯見俊裕、三ツ松けいこ 音楽:ゴンチチ
出演:岡元夕紀子平泉成、YOU、串田和美加瀬亮タテタカコ木村祐一遠藤憲一寺島進韓英恵清水萌々子、木村飛影、北浦愛柳楽優弥

誰も知らない [DVD]

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