京都市民寄席よまやま噺〜後〜

 さて50周年を迎えた市民寄席。第287回の出演者及び演目であるが、

「東の旅」桂吉弥
崇徳院桂小米朝
「高津の富」笑福亭松喬
「稽古屋」林家染丸
仲入り
口上 桂福団治林家染丸笑福亭松喬 司会 桂小米朝
太神楽 海老一鈴娘
「景清」桂福団治

となかなか豪華。小米朝が二つ目やしね。実はこの演目、第1回市民寄席の演目と同じネタにしている。昭和32年の9月23日に行われた第1回の出演者及び演目はこのとおり。

「東の旅」笑福亭福郎(後の初代森乃福郎)
「稽古屋」桂小文枝(後の文枝
「高尾」桂玉団治
「高津の富」笑福亭枝鶴(後の松鶴
崇徳院桂米朝
「いかけ屋」桂福団治(後の春団治
「景清」林家染丸(三代目染丸。今の4代目染丸の師匠 当時の上方落語協会会長)

出来たばかりの上方落語協会総出である。今から思うと贅沢な顔ぶれであるが、当時は世間に知られていたのは林家染丸ぐらいで後は駆け出しの若手でした。後に四天王と呼ばれる松鶴米朝文枝春団治は仲がよかった。仲間が少なかったのもあったが、上方落語を守ろうとする使命が彼らは同志としたのだろう。市民寄席のある会で春団治が踊りを披露した際に「三代目がやるんなら、やらんわけにはいかんやろ」と松鶴が太鼓を、米朝が囃し方をやったエピソードも微笑ましい。

小米朝米朝のネタをやり、松喬が松鶴のネタをやる。文枝一門から桂文太か桂坊枝が「稽古屋」をやればぴったりなんですが、まあ顔ぶれは負けず劣らずですな。祇園甲部歌舞練場も1000人近く入るんですが、大入り満員。私の席も後ろの方で高座までが遠い。おかげで何回かうとうとしました。

「東の旅」桂吉弥

桂吉弥は故・吉朝の二番弟子。世間的には「新撰組!」の山崎烝役が印象的なんでしょうね。(見てない)私が中学生の頃はお弟子さんがあさ吉さんだけだったので、生で見たのはこれがはじめて。「栄光の上方落語」に収録されている米朝の「東の旅」そっくりに演じていた。発端から煮売屋まで口演。

崇徳院桂小米朝

来年に米朝の師匠である米団治を襲名。これで米朝襲名の話は消えただろうし、本人もほっとしてるだろう。いずれは。。と言われてプレッシャーになってたやろうしなあ。昔、よくネタで「僕は月亭可朝を襲名しますから」と笑いを取ってたのを思い出す。小米朝は実は二代目で月亭可朝が名乗っていた時期があった。一応、可朝は米朝の一番弟子なんだが、林家染丸の弟子だったのを事情があって預かっただけなので、師弟関係はない。次の桂米紫(故人。裏方の人で落語は滅多にやらなかったが、何かの落語会で冒頭に挨拶をしていたのを見たことがある。確か京都在住だったと思う)も腹話術からの転向だったのでこれも師弟関係なし。次が枝雀でこれが実質の一番弟子になる。

小米朝はネタ数が少なく、私が中学生の頃、「稽古屋」「七段目」をやたらにやっていた。芸風は米朝よりも枝雀に似てて、陽気で派手な高座。

小米朝は昔、先ごろ亡くなった桂喜丸太融寺で「月とすっぽんの会」という勉強会をやっていて、私もよく通っていた。私のひいきは喜丸こときまやんだったのだが、「らくごのご」の向こうをはって「らくごのら」という三題噺をやったり、お寺でクリスマスにクリスマスキャロルを歌ったりと楽しい会であった。クリスマスは私も行ってたが、お寺の本坊にてタキシード姿でクリスマスキャロルを歌い上げる小米朝は。。。ようやるわ、と思ったもんだ。かっこよかったけど。

こうした勉強会は木戸が1000円であった。大体、場所は太融寺だったが、桂雀松の「雀松短期集中講座」や「吉朝学習塾」とかよく行ったもんだ。様々な会があったんで毎月のようにこのお寺には行ってたと思う。当然ながらお寺なんで時々、お通夜と重なることもあって。。あちらで笑ってる、こちらで泣いてるという不思議な光景が広がっていた。通夜の客に不思議そうな視線が向けられることがあった。東京と違って関西では落語専門の寄席がなかったので、こうした場での勉強会と称した落語会がよくあった。会場費がべらぼうに安かったし、交通の便もよかったのだ。寺脇研が寺での落語会について、死と笑いが隣り合う関西独自の文化だ、とか言ってたが別にそんなに難しい話ではない。太融寺は兎我野町の周辺で寺の回りに立ちんぼの方々がいらっしゃって、私もよくわからん外国の言葉で誘われたことがあった。

今、過去のプログラム見ると「崇徳院」もこの時、聞いていた。他に「小倉船」「野崎詣り」「はてなの茶碗」「皿屋敷」「蛸芝居」「高津の富」。。あ、意外にネタあるやん。でも、偏りはあるよなあ。全部聞いた記憶あるし、小米朝のファンだったんだな、私は。

「高津の富」笑福亭松喬

松鶴の四番弟子。古典落語の確かさでは笑福亭随一だろう。「高津の富」は笑福亭一門のお家芸で「らくだ」「天王寺参り」と並んで松鶴の得意ネタであった。落語を聞きだした頃、ABCラジオで笑福亭松鶴十三夜という特集があって、その一本目が「高津の富」であった。松鶴はそのめちゃくちゃなエピソードから破天荒なイメージがあって、まあ実際のところ、鶴瓶が「ウチの師匠はらくだみたいなオッサンやった」というようにまっとうでない人ではあったのだが、落語に対する姿勢は真摯であった文枝春団治が若手の頃に長老の橘ノ円都に稽古をつけてもらったが、同じ噺を別々に稽古してきてもらった。春団治は自分でも言うてるが、覚えの悪い人らしいので、さもありなんと思わせる話である。「なんで別々の噺を稽古してもらわへんのや!時間がもったいないやないか!」と松鶴は怒った。当時の上方落語は長老と若手しかおらず、長老は毎年のように亡くなっていた。多数のネタを知っている長老の存在は貴重で若手は一刻も早く、彼らのネタを学ばねばならなかったのだ。松鶴の父、五世松鶴は寄席が漫才中心になっていくのに抗して私費を投じて「上方はなし」を発行し、自宅を「楽語荘」と名づけて落語の同人を作り、独自の落語会を開いた。現在、上方に残ってるネタの多数は五世松鶴の口演を速記したものが多い。五世松鶴なくして、以降の上方落語はなかった。そうした父を見ていた松鶴であったから、そうした言葉が出たのだろうと思う。

松喬さんは語り口がやわらかく、いろんな人物が演じ分けられる器用な落語家で持ちネタも多い。今後も楽しみ。

「稽古屋」林家染丸
以前に書いたが、市民寄席で聞いた「三十石」はすごかった。「三十石」を持ちネタにする人は多く、枝雀のが一番好きだが、落語聞いて涙が出そうになったのはこの時が初めての経験であった。「稽古屋」は亡くなった先代の桂小文治のが一番好きだが、楽しい噺である。落語は華やかでご陽気ではんなりとした、、直接の師弟関係はないが、桂文枝に雰囲気がよく似ている。文枝一門にはこうした落語家がいないんで、特にそう思う。大学生の頃、造形芸術大学での彼の講座を取ったことがあって、落語の基礎知識について勉強しておった。後半に希望者には落語の実演もあって、参加しとけばよかったと今でも悔やんでおる

「景清」桂福団治
福団治も若い頃は裸で道頓堀を歩いたり、髭を生やして高座にあがったりと破天荒な人だったらしい。息子の福若がああなのも、まあ血なんだろう。はじめ、見た時はびっくりしたが。上方落語には珍しく、人情噺を得意とする人で「藪入り」や「蜆売り」のうまさには舌を巻いた。主演映画が一本。大正時代に活躍した落語家をモデルにした「鬼の詩」。気持ち悪すぎて、見ちゃおれん作品であった。が、福団治の熱演がすさまじかった。落語家が本気で俳優に取り組んだ数少ない作品であろう。まあ桂枝雀も「ドグラ・マグラ」で主演してるんだが。。これも気持ち悪い作品であるが、こちらはまあ笑って見てられる。

枝雀も晩年には舞台やドラマに出ていたが、昭和50年代にブレイクした際に「なにわの源蔵事件帖」というドラマをやっている。落語家が演技するとどうしても台詞がくさく、オーバーアクションになりがちで枝雀の演技もまさにそうだったが、これは面白かった。明治時代の京都、大阪を丁寧に描いており、ストーリーもよくできていたし、NHK大阪の職人技が堪能できた作品で私は再放送でこれを見ている。後年、笠原和夫が「浪人街」の脚本を書いた際に赤牛役に枝雀を考えていたらしいので、少し驚いた。晩年になってドラマや舞台に出演し始めたのも、落語に行き詰まっていたので、違ったことをして何か打開しようとしてたんだろうけど。。いや、よそう、この話は。

話を戻す。「景清」は米朝でしか聞いたことがないが、病気で視力を失った職人が清水の観音さんに願掛けするのがストーリーライン。東京ほど人情噺がからないが、しんみりさせる落語である。福団治の淡々とした語り口調に引き込まれた。この人の芸は既に師匠を超えてしまってるし、芸風もまるで違うんで案外、4代目はつがないんじゃないかなと思う。福団治には「上方落語はどこへゆく」という書籍があり、いろんな落語家と上方落語がどうなっていくのか、について語っている。その見通しが。。なんか暗いのだ。勉強会だけでメシを食えるのか、角座やNGKが如何に落語をやるのにはむごい空間なのか、についてひしひしと語られている。名著である。なお、福笑との対談で今は落語界のタブーになっている笑福亭枝鶴(松鶴の実子)についても語られており、福笑が「枝鶴はあかん奴やったけど、そないにボロカスに言われんでもええ」とかばっていた。枝鶴なあ。。今は浮浪者しとるらしいが。。枝鶴については笑福亭松枝の「ためいき坂 くちぶえ坂」(これも名著!)でも触れられていたが、本人が悪いんだが、少し気の毒でもある。「栄光の上方落語」のおまけCDで一門による松鶴の追善大喜利がおさめられているが、散々に枝鶴をネタにしている。鶴志が「しょかく」の折句で「松鶴死に かわいい息子は 雲隠れ」と読んだりともうめちゃくちゃ。不謹慎だが、めっちゃ笑えた。

以上で終演。出ようとすると雨が結構な勢いで降ってきてしばらく、雨宿りして帰りました。そんなのもよい思い出ですな。この長いレポもおしまい。お付き合いいただきまして、ありがとうございました。次の市民寄席?もちろん、チケットゲット済みです。笑福亭福笑が出る。

ドグラ・マグラ [DVD]

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上方落語家名鑑ぷらす上方噺

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CDブック 栄光の上方落語

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上方落語はどこへゆく (なにわ叢書 1)

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ためいき坂くちぶえ坂―松鶴と弟子たちのドガチャガ

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