松竹大歌舞伎 中央コース「平家女護島 俊寛」

tetorapot2007-07-20


本日で私も29歳になった。「運命じゃない人」の山中聡の言葉を引くまでもなく、「30歳過ぎたら偶然の出会いなんかない」のである。いよいよ、お尻に火がついてきた。。え、尻焼くんですか?そういうプレイですか?違うって、君、そんなんばっか好きなんやな。切羽詰まったって言ってるんよ。

数多くの友人が30代という暗黒大陸にうっかり踏み込み、不帰の人になってることを思うと来年を迎えるのが、イヤンの極みだが、それもこの一年である。青い鳥は案外、身近に、あらこんなところに!ってなことを夢見ながらの20代最後の夏を迎える。

昨年から誕生日に仕事をするのを辞めた。可能な限り、誕生日は休むことにする。All Work and No play Makes Jack A Dull Boy(仕事ばかりでは人は駄目になる)である。「シャイニング」みたいにこの文字ばっかタイプするようになれば、人間おしまいである。今日は大阪厚生年金会館(名前変えりゃいいのに。。)で松竹大歌舞伎を見てきた。

松竹大歌舞伎というのは言わば、歌舞伎の巡業。全国に散らばる、文化振興の名の下にゼネコンを儲けさせるために作られた公民館、文化ホールで歌舞伎をやる試みで昭和42年からスタートしている。

現在は東コース、西コース、中央コースに分かれて巡業を行っている。言わばドサ回りなので、たいした役者は出てないんやろうと思いきや、東コースには市川染五郎丈、中村吉右衛門丈、西コースには中村錦之助丈、尾上松緑丈、そして私が見に行った中央コースは市川猿之助一門の俊英、市川右近丈、市川春猿丈となかなかよろしいのである。演目も「仮名手本忠臣蔵 祇園一力茶屋の場」(落語の「七段目」で出てくる演目である)「番町皿屋敷」「平家女護島 俊寛」と有名狂言がズラリである。

しかも値段もコースや会場によっても違うみたいなので、一概には言えないがリーズナブルである。私が見たのはS席で7000円である。南座や松竹座の歌舞伎に比べるとぐんと格安である。ということで、歌舞伎を見たことない人や、値段を見てため息をついているような歌舞伎ファンにはこの松竹大歌舞伎、お薦めである。。と歌舞伎初心者のこの老骨は思うわけなんである。

詳しくは歌舞伎美人をご参考にされたい。

最も巡業なのに何故、芝居小屋のある大阪や京都、東京でやるのかという疑問もある。何故か、この日は場内半分ほどの入りであった。やはり常連は7月大歌舞伎に行っておられるのだろうか。。行きたかったなあ。。これ。でも1等で15,750円ってのはなあ。。市川海老蔵があんまり好きじゃないんで見送ったんだけど、休演なんですよね。。義経千本桜見たかった。。

市川春猿市川笑三郎による「歌舞伎のみかた」からスタート。所謂、歌舞伎鑑賞の手引きみたいなもんで歌舞伎用語の簡単な説明と実演。役者が見得をする際にかかる掛け声、これを大向うと呼ぶ。これがかけられるような歌舞伎ファンに。。いつかなりたいな。

演目は「平家女護島 俊寛」と「お祭り」。「お祭り」は山王祭を舞台にした舞踊劇で特にドラマはなし。恋仲である、芸者の市川春猿と鳶頭の市川段治郎の間に市川笑三郎の芸者が恋の鞘当てを仕掛けるシーンが何とも楽しい。春猿女形もうっとりするほど綺麗だが、笑三郎の垢抜けた、仇っぽい芸者も忘れがたい。言い忘れていたが、今回は席が前列5列目。いつも、二階席ばっかりではっきり顔が見えなかったが今回はばっちり見える。やっぱ歌舞伎は近くで見たいものだ。20分くらいの演目で最後は総踊りでお引け。

圧巻だったのは「平家女護島 俊寛」。近松門左衛門の作品で歌舞伎の名作の一つで、海外でも人気が高い。そのわけはやはり、人間味あふれる俊寛が残酷なまでにリアルに描き出されているからであろう。

皆さん、ご存知のように俊寛は実在の人物。元は京都の高僧であったが、鹿ケ谷の陰謀事件に加担したことで、平清盛の逆鱗に触れて、鬼界ヶ島に流罪となった。鬼界ヶ島は薩摩の南にあったとされる島でどの島かはっきりはわからないが、硫黄島(「硫黄島からの手紙」とは違う硫黄島。鹿児島県の南にある)であったらしく、俊寛は硫黄を掬って、それを地元の漁師に魚と交換してもらい、生活をしていた。すさまじい貧乏生活である。

流されたのは俊寛市川右近)と丹波少将成経(市川笑三郎)、平判官康頼(市川段治郎)。成経は陰謀の中心人物であった藤原成親の息子。成親は備前流罪になったが、流罪先で謀殺されている。二人は信心深く、徳も深かった。赦免を願う声も多く、清盛も彼らの罪を赦した。都からの使者である瀬尾兼康(市川猿弥)が船で赦免状を持ってやってきた。

大喜びする3人であったが、赦免状のどこを見ても俊寛の名前がない。愕然とする俊寛を冷ややかに見下ろす兼康。実は好色な清盛は都に遺った俊寛の妻、東屋に誘いをかけていたが、貞淑な東屋はこれを拒絶。清盛は俊寛を憎んでいた。

船には今一人の上使である丹左衛門基康(市川門之助)が清盛の息子、重盛の上意を読み上げる。俊寛備前の国まで戻す、飛び上がって喜ぶ3人。

しかしまた問題が起こる。成経は島で千鳥(市川笑也)という妻を迎えていた。連れて行こうとするが瀬尾が許さない。そのようなことは命令されていない、というのだ。瀬尾にしてみれば、俊寛を連れて帰るだけでも面白い話ではない。都まで俊寛を連れて帰り、罪人として切り捨ててくれようと考えていた。

そして俊寛に妻の東屋は既にこの世の者ではないことを残酷に通告する。東屋は清盛の命令で瀬尾が切り捨てていたのだ。

妻が死んだ今、都に帰る理由は何も無い。俊寛は瀬尾の刀を奪い取り、瀬尾を切り殺してしまう。「わしは上使を殺した罪でこの島に残る」と千鳥を船に乗せ、俊寛は一人島に残った。

ここまではよくある、日本人が大好きな自己犠牲な美談である。この狂言はここからラストまでが秀逸である。近松の筆力がすごい。

島に残ることを決意した俊寛であったが、船が岸を出るとそのもやい綱にしがみつく。もやい綱が手から離れ、船はどんどんと沖合いに出て行く。手を振り続けて、声にならない叫びを発し続ける。波に船が消えていく。荒れ狂う波浪。島に生える松にしがみつき、尚も手を振り続ける俊寛。やがて松の枝が折れ、俊寛はどさりと落ちる。それでも叫び続ける。。

島に残ることを決意しながらも、船が出た途端に寂しさのあまりに懸命に船を追う。そうした人間の弱さをまざまざと描き出した。それがこの作品を名作にしたのだ、と思う。

人間はその与えられた運命の前でのたうち、苦しむ。運命を粛々と受け止め、自己犠牲に殉ずるなどは物語でしかなく、巷で大流行の特攻隊の美談なども後世の人間が自分と無関係だからこそ、安穏と語れる物語なのであろう。その物語にリアルな人間を描き出した近松はやはり偉い。自己犠牲なんてものは組織が人を使い棄てる大義名分だからな。そんなのは先の大戦で厭になるぐらい思い知ったはずなんだけどな。右近の鬼気迫る演技が素晴らしかった。

なお俊寛だけがなぜ赦免から漏れたのはよくわからない。俊寛は元々、身分の低い坊さんであったが、清盛に引き立てられて若くして高僧となった。その恩を受けた清盛を裏切ったのだから、清盛が激怒したという説がそこそこの説得力がある。清盛は積極的に人材を登用する人であったが、一族以外のブレーンはとうとうできなかった。吉川英治の「新平家物語」での俊寛流罪になったことを嘆き悲しむ二人を尻目に逸早く、島の暮らしに慣れ親しみ、自由に生きている。都に帰る二人に「貴様らはまた鬼が住む都に戻るのだ!馬鹿が!」と罵っている。この俊寛の描き方も結構好き。

今回の歌舞伎鑑賞は初の自腹鑑賞。今までは会社の福利や親のお供であった。これを皮切りに自分でも見に行くようにしたい。


明日は劇団☆新感線の「犬顔家の一族の陰謀〜金田真一耕助之介の事件です。ノート」を見に行きます。なんと前列5列目!古田新太が近くで見れる!うふふ♪

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