キネマの星座日本映画2006ベスト

さて今日は日本映画のベストでございます。

1位:紙屋悦子の青春
この年、亡くなった黒木和雄の遺作。遺作だから評価が高いのではなく、今年見た映画で一番好きだったのがこの映画であったので、ベスト1におく。本作を見ればわかることだが、これは遺作を意識して作られたものではない。彼のライフワークである「あの戦争」を戦時下の日常から描くという手法で作られた意欲作であった。それゆえに本作はしっとりとした落ち着いた作品となっているが、瑞々しい新鮮さに満ちた傑作になっている。セットを中心にまるで舞台劇のような雰囲気を持った作品でゆったりとしたテンポで映画は進んでいくがその時間が大変に心地よい。「父で暮せば」で多用したCGも今回はなし。すべてをそぎ落として、戦時下の日常を空気から再現することで戦争をくっきり浮かび上がらせた、後世にまで残る傑作。

黒木和雄とその時代

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2位:時をかける少女
今の角川映画ってあんまり好きじゃなくて、角川春樹が築いた80年代の角川映画をなぞってるだけにしか見えないんだが、それでも成功しているのはそれなりのスタッフを揃えているからか。監督はポスト宮崎駿の一番手だった細田守。本作の醍醐味は作り手がなぜ、アニメでリメイクせねばならないかということをきっちり意識して丁寧に作っているところであり、ヒロインのキャラクターもオリジナルとは全く変えて、現代の物語にしている。タイムリープを無駄使いしてしまうヒロインの天衣無縫さも面白いが、徐々にストーリーをまとめていき、クライマックスまで持っていくテンポのよさに酔った。ラストできっちり、原作の精神を盛り込んで観客に涙を誘わせる。キャッチボールや自転車、桃、プリンなどの小道具を使って日常を丹念に描いているのにも好感が持てる。

時をかける少女 限定版 [DVD]

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時をかける少女 オリジナル・サウンドトラック

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3位:ゆれる
一回見ただけではすべてを理解できずに、評価も「ゆれる」だったのだが、年末にももう一回見に行って傑作と確信した。様々な物語を盛り込みつつ、最後まで兄と弟の問題をぶれずに描いている。むしろゆれておったのは観客の方でラストでそれに気づかされる。人間の厭なところから目を離さずにそのぶ厚い思いをストーリーに乗せて作り上げる監督のパワーに圧倒された。監督の演出意図を理解して見事に演じたキャスト陣もすばらしい。オダギリジョーの抑えた演技もよいが、香川照之の演技が素晴らしい。実際の主演は彼と言っても差し支えないだろう。ラストの解釈については人によっては分かれるかもしれないが、実はあのラストカットの後にはもう1カットあったらしく、それを見ればストーリーが完全にわかるらしい。それをあえて外して、観客に鑑賞後も考えさせるようなラストにした監督のセンスもやはりすごい。

ゆれる [DVD]

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ゆれる オリジナルサウンドトラック

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4位:ヨコハマメリー

顔を白塗りに中世の貴族のようなドレスに身を包んだ老婆がひっそりと街角に立っていた。彼女の本名も年齢もただ知らない。いつしか皆は彼女をメリーさんと呼び始め、やがて「ハマのメリー」は横浜の人で知らない人は誰もいない存在となり、横浜の風景となった。私の知人は横須賀に住んでいたが、メリーさんのことは知っていたと言う。実は大金持ちだとか、いやホームレスだとか様々なうわさはあったが、彼女に話しかけるものはいなかったらしい。しかし、メリーさんは95年の冬に忽然と姿を消した。本作は実際のメリーさんを知る永戸元次郎氏を被写体に、メリーさんと出会った人々、そしてメリーさんに思い入れを持つ人々へのインタビューや取材を通してメリーさん、そして横浜の過去と現在を描き出したドキュメンタリーである。メリーさんの正体暴き、または過度の美化に終始するのではなくて、彼女と同時代を生きた人々のインタビューを通してメリーさんを浮かび上がらせていく、そして同時に「彼女が生きた横浜」を感じさせる作品になっている。

ヨコハマメリー [DVD]

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5位:パプリカ
今敏筒井康隆の組み合わせなら、どんな映画になるのかとドキドキしながら映画館に足を運んだが、期待以上の出来栄えであった。夢という、人ぞれぞれに持っている無限の可能性を持つ世界。そこでは、日常とは違ったその人の本心が見えたりする。しかし同時に夢ほど身勝手なものはなく、これが暴走し始めるともう手がつけられなくなる。本作はそうした夢の面白さ、怖さをたっぷり楽しめる作品になっている。何より、監督をして「自分の映画にどんな音楽が合うのか考えるのではなく、平沢さんの音楽に合う映像は何か、と考えながら映画を作った」と言わせしめた平沢進の音楽がいつものことながらすばらしい。アップテンポな音楽に、暴走の中で見る神秘を感じたのは私だけではないだろう。今版「もののけ姫」というべきか、恐ろしさと神秘と悪ふざけにも似た茶目っ気にちょっぴりのやさしさを加えた傑作。夢の中の狂った大名行列のシーンが最高に楽しい。

パプリカ オリジナルサウンドトラック

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パプリカ (新潮文庫)

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6位:運命じゃない人

「日本映画の父」と呼ばれたマキノ省三は映画の大事なものとして「一スジ、二ヌケ、三動作」という言葉を残した。スジは脚本、ヌケは演技、動作は演技のことであり、脚本を何よりも大切にした人であった。ええホンがあれば、誰でもいい演出家になれる、そうした、映画のイロハをきっちり抑えて、脚本を練り上げた本作を見れば、この言葉が決して古びていないことを実感する。こんなにわくわくしながら映画見たのは本当に久しぶりで、後半で伏線が次々と結びついていく様は見てて爽快であった。ミニシアターで公開されて、口コミの評判で異例のロングラン。こうした映画を面白いと思える映画ファンがたくさんいるんなら、日本映画の未来は明るいぞ。インディーズ映画の女神とも言うべき板谷由夏も素敵だ!

運命じゃない人 [DVD]

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7位:間宮兄弟

ここ最近はジャンル映画制覇をやっていた森田芳光だが、ファンとして見たかったのはこういう作品であった。やっぱり森田は時代を切り取った映画を作らなきゃいかんよ。間宮兄弟を筆頭に風変わりな人物がぞろぞろ出てくるスクリューボールコメディ。しっちゃかめっちゃかした作品だが、アクが強いキャラクターも可愛く演じているので素直に笑える。現代の恋愛、ライフスタイルをテンポよく描いた傑作。主演の佐々木蔵之介塚地武雅もよいが、はじけた高嶋政宏もよい。この人、こんな演技もできる人だったのか、と感心した。それから沢尻エリカ北川景子がめちゃくちゃ可愛らしい。

8位:手紙

題材にもキャスト(沢尻エリカのぞく)にもたいして魅力を感じなかったし、監督もテレビの人だし、どうかなと思った作品であったが、よい作品だった。露骨に泣きを狙った作品であることには間違いないが、犯罪者の家族に対する差別という語りにくいテーマに真剣に取り組んでいた骨太なドラマとなっていることに好感が持てた。まるで山本薩夫今井正の映画みたいだ。主人公は殺人者の兄を持つ。服役中の兄にとって弟と交わす手紙は何よりも大切なものであった。弟もそうした兄の気持ちを知り、その絆を大事にしようと願う。しかし彼には日常があり、世間は殺人者の親族を平然と差別し、彼の持った夢はことごとく踏みにじられる。。。世間に翻弄された主人公の兄に対する気持ちは徐々に揺れ始める。小説ではその有様を苛烈に描き、主人公をハードボイルドに描いているが、映画ではテンポを落としてゆったりと描き、主人公を等身大に悩みながらも前進しようとする青年として描いている。主人公の夢をミュージシャンからお笑い芸人にしたのはうまい工夫で救いのない映画に笑いで緩急をつけている。ラストでは思わず号泣してしまった。

手紙 ~あなたに会えてよかった~ [DVD]

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手紙 (文春文庫)

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9位:犬神家の一族

市川箟が「犬神家の一族」を石坂浩二でリメイクすると聞いた時には、「まだまだ撮りたい作品もあるだろうに、別にリメイクものを撮らなくても。。」とその才能から見ると少しもったいないように思った。が、一方ではなぜ市川箟が自作をリメイクする気になったか、を知りたくなって俄然、楽しみになってきた。本作のよいところはなぜ市川箟がリメイクを、そして石坂浩二を主演においたのかが、ラストで明かされているところで胸が少し熱くなった。存在自体が日本映画史と断言できる市川箟の最新作をリアルタイムで見れたというだけでも、あなた、事件ですよ。後世の映画ファンから見たら、なんとうらやましいことか。キャストも素晴らしく、どこか間が抜けた、人の良さを感じられる金田一耕助をすっと演じた石坂浩二もさすがだし、久しぶりに見た松嶋奈々子もやっぱり美しい。それから富司純子の存在感が素晴らしい。復帰してからはもう一つな映画が多かったが、いよいよエンジンがかかってきたというべきか。

犬神家の一族 オリジナルサウンドトラック

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10位:寝ずの番

マキノ雅広の甥っ子にあたる津川雅彦の初監督作品。初監督でいきなり、中島らもの短編を映画化とは随分ひねくれているが、出来栄えはよい。笑いの持つ、毒である死人やエロをネタにした笑いを扱いながらも、落語の持ち味である掛け合いの面白さで裁いて見事な喜劇になっている。マキノの名前を告ぐ者としてマキノ雅広の傑作「次郎長三国志」シリーズに登場する「おいら、死んだらなあ」の歌を使っており、心意気よし。全編を通じて、お祭りみたいな気分に満ち溢れた作品で何度でも見たい作品。

寝ずの番 特別番 [DVD]

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11位:県庁の星

県庁の星 スペシャル・エディション [DVD]

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12位:武士の一分

%(パーセンテージ) 木村拓哉写真集 -武士の一分-

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13位:シネマ歌舞伎 野田版研辰の討たれ

歌舞伎名作撰 野田版 研辰の討たれ [DVD]

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14位:シムソンズ

15位:花よりもなほ

花よりもなほ 愛蔵版 (初回限定生産) [DVD]

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16位:暗いところで待ち合わせ

暗いところで待ち合わせ (幻冬舎文庫)

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17位:ただ、君を愛してる

18位:インディアン・サマー

19位:ありがとう

ありがとう (講談社文庫)

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20位:佐賀のがばいばあちゃん

佐賀のがばいばあちゃん [DVD]

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21位:御巣鷹山

島国根性 [VHS]

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22位:バッシング

バッシング [DVD]

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23位:夜のピクニック

夜のピクニック 通常版 [DVD]

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24位:かもめ食堂

かもめ食堂 [DVD]

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25位:男たちの大和 YAMATO

男たちの大和 / YAMATO [DVD]

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26位:THE 有頂天ホテル

THE 有頂天ホテル スペシャル・エディション [DVD]

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27位:シネマ歌舞伎 坂東玉三郎・鷺娘(DLP上映)同時上映:日高川入相花王

歌舞伎名作撰 藤娘 / 保名 / 鷺娘 [DVD]

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28位:ALWAYS 三丁目の夕日

ALWAYS 三丁目の夕日 豪華版 [DVD]

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29位:ハチミツとクローバー

30位:ハリヨの夏

<寸評>
 ここ最近は拡大公開系の作品を上位に挙げることが多かったが、今年は単館公開系の作品が目立った。もっとも最近はシネコンがその分野の映画を公開することが多く、その構図も地方では特に通じなくはなってきている。多くの映画人が亡くなった年であったが、一番ショックだったのが黒木和雄の死であった。撮りたい映画が山ほどある人で、やっとそれがぼつぼつ実現しかけていた中での死であって、その作品を心待ちにしていたファンとして本当に残念であった。遺作となった「紙屋悦子の青春」を見て、その思いを余計に強くした。そうした思いを抜きにしても一番好きなのが本作なので、ベストにおく。2位から8位までは好きな作品を並べた。「時をかける少女」「ゆれる」は2回見ているが、何度見ても印象が薄れない、素晴らしい映画であった。アニメで何ができるかを計算しつくされた「パプリカ」、その人を描くよりもその人が生きた町を描いた「ヨコハマメリー」も傑作である。「運命じゃない人」は公開時期を考えると昨年の作品になるが、京都ではレイトショーのみの公開であった。やっと見れたが、久しぶりに展開に胸躍らせながら映画を見るという経験を味わった。「間宮兄弟」は森田らしい作品で楽しかった。「手紙」は玉山鉄二杉浦直樹の好演も目立った。9位、10位は公開されたことが事件であった。30年ぶりに市川箟自身がリメイクした「犬神家の一族」はその製作意図を考えるだけでも興味がわくし、マキノの血がひく津川雅彦が「寝ずの番」を作ったのもやはり気になる。

11位から20位までもよい作品がずらりと並んだ。シンプルなストーリーを丁寧に描いた佳作「県庁の星」に女の子の青春を爽やかに描いた「シムソンズ」、脚本を書かない是枝裕和による、きっちりとした時代劇「花よりもなほ」、田中麗奈の演技力が十分に生かされた「暗いところで待ち合わせ」はベストテン入りしてもおかしくない作品であった。21位以下も好きな作品が数本ある。低予算を逆手にとってロケ中心で臨場感を満点に出した「バッシング」、一夜の物語を多数のキャラクターを織り交ぜながらも、スッキリと描いた「夜のピクニック」、入り組んだ恋愛模様を丁寧に描いた「ハチミツとクローバー」などは結構好きだ。