寝ずの番

★寝ずの番 4/23 MOVIX京都シアター7
★★★★
→まあよくできていると思うが、もう一つしっくり来ないというか、関西のかなりコアな部分を描いている割には関西の匂いが全くしてこない。はっきり言えば、東京から見た関西が描かれた映画である。津川雅彦も生まれは一応関西らしいが、デビュー作は石原慎太郎の「狂った果実」である。兄貴の長門裕之だって「太陽の季節」で初主演である。(二人とも子役時代の出演はあるが)その津川雅彦中島らもの取り合わせがなんとも不思議だ。

 どうもわからんのが、津川雅彦はなんでまたマキノの名前を急に引っ張り出してきたのか。津川雅彦が映画人であり、数々の傑作に出てきたことはみんな知っている。その自負と期待を背負ってメガホンを握らずにどうして、押入れに押し込んであったようなものをいきなり引っ張ってきたのか。どうにも解せぬ。

 聞けば昨年の湯布院映画祭のシンポジウムで冒頭に自分のマキノへの思いと「寝ずの番」にかける思い入れを滔々と語り、批判の声を封じ込めてしまった、とか言うことがあったらしい。なんかそういうやり方って厭だなあと思う。自分が作った映画をけなされるのが厭だ、と言うのもよくわかるし、(湯布院のシンポジウムでは結構、辛らつな意見も飛ぶ。過去にはキレた風間志織が客に罵声を浴びせるという事件もあったらしい。)人一倍プライドが高そうな彼だから厭だったのはわかるが、映画監督ってそういうもんじゃないの、と思うのだが。。隠れ蓑にマキノの名前を使うならそれはあかんやろ、と思ってしまう。

 のっけからけなしてしまった映画自体は大変に面白かった。正直、演出はもたもたして特にそ○の件なんて予告の方が面白かったぐらいのダルダルのテンポであった。それでも、かなりきわどい、人によっては不謹慎だと怒るようなネタにシモネタ満載のストーリーをしつこくなく、カラっと仕上げたのはうまかったと思う。

 落語ではお通夜を舞台にした「くやみ」という落語がある。お通夜の客はみんながみんな、本心からお参りに来ているわけでなく、お付き合いや義理で来ている時が多い。お参りすましたら、さっと帰ればいいのに、色々と喋っているうちに店の宣伝になってしまったり、嫁さんのノロケになったり、そうした通夜の客を描いた落語である。なお、落語には死人が出てくるものが結構多い。映画の中にも出てくるが「らくだ」は死人にカンカン踊りを躍らせるし、「算段の平兵衛」では殴り殺された庄屋が盆踊りを踊らされるし、「ふたなり」では中盤で主人公だった親父が誤って首を吊ってしまう。「夢八」も自殺した死体の「寝ずの番」をする噺だしなあ。落語は結構、ブラックユーモアが多いのだ。

 中島らもの原作も読んだが、知り合いの落語家から聞いたエピソードをまとめただけの3つの短編なので、ストーリーもドラマもない。これをまとめて一つの映画にするのは難しかったと思う。脚本は大森寿美男。関東の出身なれど、「てるてる家族」では大阪人のどこか合理的なドライな生き方を描き、大阪人特有のキツイシャレをさらりと台詞に入れていた。今までのステレオタイプの大阪を舞台にしたドラマではなく、私には面白かったが視聴率は取れんかった。世間の考える大阪ではなかったからだろう。本作ではエピソードの羅列でドラマを進めていく手法をとっていた。映画全体を通してのドラマははっきり言ってないのだが、一つ一つのエピソードを丁寧に描いて、飽きさせないつくりになっていて、最後はそれでもまとめてしまうのだからすごい。

 大森の脚本に加えて、本作はキャストの力が大きい。中井貴一は対して振るわんが、長門裕之笹野高史岸部一徳堺正章と芸達者を揃えている。堺正章の達者なのには驚いた。関西弁はかなり怪しいのだが、洒脱で大阪人の美学である「粋」(東京では「イキ」と読むが関西では「スイ」)な感じの旦那がよく出ていた。ただ、今里新地は飛田新地のような場所だったのでこうした芸者のシャレた遊びがなかったと思う。富司純子が意外にコミカルな演技がうまいと思ったがこの人はデビューが「スチャラカ社員」なんですな。それから木下ほうかはこの手の映画には欠かせない。あの独特な節回しもアクの強い笑顔もいい。

 落語の知識が無くても充分に楽しめると思うが、出来ればこの映画は上方落語愛する人にお薦めしたい。なおかつ、生前の6代目笑福亭松鶴を知ってる人はもっと楽しめるだろう。私のように遅れてきたファンにとって数々の松鶴の逸話は伝聞でしかないが、鶴瓶をはじめとする弟子達が松鶴の思い出話をするときが本当に楽しそうで、容易にその人物像を想像できる人である。大阪を代表する落語家だった5代目松鶴の息子であったが、落語家になるつもりはなくて落語家を増やすためにマネージャーから二足のわらじを履くつもりで落語家になったと言うエピソードも面白い。落語家になってからは桂米朝と共に滅亡状態にあった上方落語を復興させた。

 破天荒で無茶なオッサンのイメージが強く、実際にそうだったんだが、上方落語史に残した功績は恐ろしく大きい。長門裕之が演じた師匠のエピソードのほとんどはこの人のもので(そ○のエピソードは違う)破天荒でめちゃくちゃなオッサンでもどこか憎めない人であったのだろう。笹野高史演じる橋次のエピソードは数年前に亡くなった桂歌之助。独演会の最中に次々といろんな事件が起こったのは恐ろしいことで全部実話である。富司純子のモデルは松鶴の嫁はんのあーちゃん。これはそのままですな。今里にいたのもホンマの話で松鶴が死んでまもなく亡くなった。

 夏の暑い盛りのこと。外から帰ってきたあーちゃんと松鶴の会話にこんなのがあったとか。「あー外暑いわ」「そやろと思てな、クーラーようきかせといたで、涼しいやろ」「ホンマに涼しいわ。外と比べたら南極と北極の違いや」「そうやろそうやろ」弟子は笑いをこらえるのに必死だったらしい。。

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