日本のいちばん長い日〜本日で「あの大日本帝国のお葬式」から60年が経ちました

mihune


 「ヒトラー 最期の12日間」を見た。第二次大戦末期の降伏直前のドイツを描いたものでヒトラーをはじめとしたナチス幹部はソ連の侵攻におびえながら、ベルリンに立てこもっていた。映画はソ連軍が遂にベルリンに侵攻してきたところから始まる。国民のことを全く考えずに自分の死に様へのドラマ性のみに執着するヒトラー、見切りをつけて逃げようとするヒムラーゲーリングシュペーアヒトラーと共に死を迎えることに恍惚を覚えるゲッベルスが目を引く。しかし、中心に描かれているのは、彼らではない。ヒトラーの秘書であったユンゲや側近の陸軍参謀たちと言った、あまり歴史には登場しないが最もヒトラーの近くにいて、そしてその死を看取った人たちである。皆がそれぞれに国の滅亡という事態に向き合い、何を思い、どう行動したか身を決したかが描かれていた、見事な群像劇であった。日本にもこうした映画がないものかと考えていたが、ふっと大昔にビデオで見た映画が浮かんだ。今日、紹介するのは「日本のいちばん長い日」。岡本喜八監督が1967年に撮った映画である。都合よく、滋賀会館シネマホールで上映中だったので久しぶりに見てきた。

 太陽戦争末期。沖縄は陥落し、もはや日本の敗戦は決まっていた。1945年7月26日。日本政府はポツダム宣言を海外受信していた。降伏への糸口を探していた東郷外相(宮口精二)、鈴木総理(笠智衆)、米内海相山村聰)は閣議にて受諾を主張するが、阿南陸相三船敏郎)は「天皇陛下身分保障が約束されていない降伏などできない」と条件付きの降伏を主張した。当時は陸相が辞職すれば内閣は総辞職せねばならねばならず、陸相の反対は絶対的なものであった。閣議はお流れになり、政府はポツダム宣言を海外受信している前線の兵士の士気が落ちないように、宣言無視の発表を行った。これが連合国の怒りをかった。8月6日、広島に原爆が投下された。さらにソ連が参戦してきた。またもや、閣議は開かれたが、紛糾して結論は出なかった。結論は御前会議に持ち越された。昭和天皇(先代・松本幸四郎)は涙ながらに「私の身がどうなろうが、国民にこれ以上は苦痛をなめさせることはできない」と述べた。時は8月14日正午。日本の無条件降伏が決定した。そして長い1日が始まった。。。とここでタイトル。

 2時間半もある長い映画で登場人物も100人近くも出てくる壮大なドラマになっています。これが1967年という年に作られたのがすごい。この時、戦後22年。まだまだ敗戦の記憶が生々しく残っていた時代に登場人物は全て実名で*1なおかつタイトルまでかぶせているのだ。

 それから昭和天皇陛下を映画の中に登場させたことも話題になりました。今でこそ本田博太郎が演じてたりするのだが*2天皇を作品中に出すのはタブーであって会社内部でも幾度も話し合いが持たれたそうです。しかし御前会議のシーンは映画に不可欠であったので、はっきりとした姿を見せずにほぼ声だけの出演となった。演じたのは先代松本幸四郎だったが、キャスト表にもクレジットにも名前は載ってなくてポスターでは特別出演として役名は書かれていません。御前会議と玉音放送の録音シーンで登場しますが、ゆったりとした抑揚のきいた、いい声を披露しています。天皇を出したことでより、ノンフィクションとしての説得力が増して、ドラマに深みを与えています。藤本真澄はよくやったと思う。

 終戦の日に何が起こったのか、国民にとって8月15日という「日本でいちばん短い日」であった。日本が降伏するなんてまさに晴天の霹靂だったのである。そしてその次の日から「長い日」が続いたのである。岡本喜八監督は「まず知ること、知らせることに意義がある」と考えて徹底的に調べ上げて映画化に望んだそうです。

 脚本を書いたのは橋本忍。前半を官邸を中心にした終戦詔勅案作りに玉音放送の録音に至るまでのドラマにしています。登場人物も入り乱れ、専ら人物のディスカッションに重点をおいた作りにしています。中盤は少し退屈だが、三船敏郎を始めとする俳優がじっくりと演技を見せてくれる。その一方で降伏をよしとせずに陸軍青年将校黒沢年男中丸忠雄)が謀議をめぐらすところを描いており、「終盤に何かあるな。。」というドキドキ感を観客に持たせる。「降伏を主張する重臣たちを皆殺しにせよ!」と叫びながら、上京してくる佐々木大尉(この狂信的な国粋主義者アナキスト天本英世が演じている面白さ)が東京に向けて進軍してくるところや、「厚木基地は絶対に降伏しない。戦争はこれからだ」と嘯く司令官(田崎潤)や天皇玉音放送を行っている瞬間にも児玉基地から野中大佐(伊藤雄之助)の指揮で国民の歓声を背に受けて神風特攻隊として出撃していく若い兵士も描かれるのだ。様々な伏線を張りつつ、14日は終わる。玉音放送の録音も終わり、閣僚はぐったりと疲れ果てて眠りにつく。ここまでの展開は「仁義なき戦い 代理戦争」のようにディスカッションドラマでじっくりと見せる。

 後半は陸軍青年将校のクーデターが中心に描かれていきます。前半の息詰まるディスカッションドラマはやがて、青年将校による森師団長(島田正吾)の殺害によって、一挙にアクションになだれこむ。参謀の首がゴロリと転がり、刀を抜く暇もなく、島田正吾が無残に切り殺される。ここから映画の雰囲気はゴロリと変わって観客に緊張感を持たせる。玉音放送を阻止せよとばかりに宮内庁を占拠。汗がこちらまで飛んできそうな熱演を見せる黒沢年男に努めて冷静を装う中丸忠雄、そして一度は自決を誓いながらも彼らに希望を託した井田中佐(高橋悦史)の苦悩がまざまざと描かれています。堰を切ったように「仁義なき戦い 頂上作戦」のようにスピーディーな展開を見せてくれる。橋本忍のこの構成力がすごい。そして阿南陸相が血まみれになって腹を切って映画は終結する。。日本は敗戦を迎えた。。

 岡本喜八監督は前年に会社の企画で「殺人狂時代」を監督。東宝は、この映画を評価せずに上映の延期を決定しました。腐っていたところに東宝の大プロデューサーだった藤本真澄の薦めで小林正樹の降板を受けてこの映画を監督しています。シナリオはすでに完成していましたが、オフシーンになっていた阿南陸相切腹と森師団長の殺害をしっかりと描いて、見応えのあるエンターティメントにしています。一方でラストに「戦争による死者300万人」とタイトルを入れています。映画の中で印象に残ったのは、嬉しそうにぼた餅を食べて特攻していく青年兵士の顔や佐々木大尉に連れられて東京までやってきた高校生がはいているボロボロの雪駄でした。軍人が東郷外相に「日本人成人男子の半分が特攻すればこの戦争に勝てます!」と必死に言うシーンがある。もしそれで勝ったとしてもなんだと言うのだ。やはりこんな戦争はもっと早く終わらせるべきだったのだ。戦争が終わる一日前にも特攻していった兵士がいた、ということに激しく無念を覚える。大演説をしたあとに不気味に黙り込んでしまう野中大佐は降伏を知っていたはずである。この平然とした態度の軍人に監督の静かな怒りが込められている。こうした岡本喜八の思いはやがて傑作「肉弾」につながっていきます。

 原作は大宅壮一になっていますが、執筆したのは当時「文藝春秋」の編集部次長であった半藤一利。現在は半藤一利の名義で本が出されています。本日で「大日本帝国の葬式」から60年が経ちました。

監督:岡本喜八 製作:藤本真澄田中友幸 原作:大宅壮一 脚色:橋本忍 撮影:村井博 音楽:佐藤勝 美術:阿久根巖

出演:宮口精二戸浦六宏笠智衆山村聡三船敏郎、小杉義男、志村喬高橋悦史、井上孝雄、中丸忠雄黒沢年男、吉頂寺晃、香川良介、明石潮、玉川伊佐男、二本柳寛、武内亨、加藤武、川辺久造、江原達怡、三井弘次、土屋嘉男、島田正吾伊藤雄之助児玉清浜田寅彦小林桂樹中谷一郎、若宮忠三郎、加東大介田崎潤平田昭彦中村伸郎竜岡晋、北竜二、藤木悠北村和夫村上冬樹、岩谷壮、今福正雄、天本英世神山繁、浜村純、佐藤允久保明、石山健二郎、藤田進、佐田豊加山雄三新珠三千代、井川比佐志、須田準之助、堺左千夫仲代達矢

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*1:森師団長を殺害した男だけは仮名となっている。映画では黒田大尉となって中谷一郎が演じている。実際は上原大尉という軍人であったらしい

*2:http://www.tv-tokyo.co.jp/seidan/を参考にされたし