黒木太郎の愛と冒険〜男は女にやさしくされたいし、やさしくしたいんだ〜

kuroki


 今日、紹介するのは第七藝術劇場でやってる森崎東ベストセレクションから「黒木太郎の愛と冒険」。森崎東監督は1927年生まれ。京都大学卒業後、映画雑誌の編集を経て29歳の時に松竹京都撮影所に入社します。入社してからはもっぱら脚本家として松竹のエースである野村芳太郎の作品を手がけ、山田洋次監督と多くの作品を共作。松竹喜劇の一人者となります。42歳の年に監督デビュー。そのデビュー作の「喜劇 女は度胸」(倍賞美津子のデビュー作)は城戸会長に「我が愛弟子」と言わしめたほど、評判のよい作品でした。「男はつらいよ」の脚本にも参加し、新宿芸能社シリーズなどの喜劇シリーズを監督します。が、70年代に入ると映画が駄目になってきて製作本数自体が少なくなってきます。73年に黒澤明の「野良犬」のリメイクを厭々、監督。翌年の「街の灯」を最後に解雇。フリーになると東映で「喜劇 特出しヒモ天国」を監督。そして77年にATGにて「黒木太郎の愛と冒険」を撮っています。ATGの映画は一般の商業ベースに乗りにくい題材の映画が多いのですが、まさにこの映画はそう。森崎監督の思いが生のままにぶつけられた作品です。

銃一(伊藤裕一)、公一(荒木健一)、勉(太田聖規)は映画青年。彼らはスタントマンの文句さんこと黒木太郎(田中邦衛)を尊敬していた。黒木の趣味は日の丸のついたジープで国会周辺を走り、警察をからかうこと。今日も右翼の一味だと思われてラジオは右翼の襲撃計画への注意を呼びかけていた。彼には美しい妻(倍賞美津子)と愛娘と多くの親戚(清川虹子、沖山秀子、鶴ひろみ)と楽しく暮していた。

三人は映画製作の費用を稼ぐために黒木の知り合いの金貸し、ゴメさん(伴淳三郎)から金を借りてギャンブルに挑戦するが借金だけが残った。酒の匂いをさせながら、横柄に取り立てに来たゴメさんだったが突然、倒れてしまった。ゴメさんには持病があり、お酒は禁物なのだが、弱気なために取り立てに行くのにいつもお酒を飲んでいたのだった。遂にゴメさんは黒木と共通の友人である、刑事出身で「おとなのおもちゃ屋」をやっている菊松(財津一郎)の家の前で野垂れ死にしてしまう。

ゴメさんは因業ではなく、生活に苦しんでいる娘夫婦のために無理な取立てをしていたのだった。黒木と銃一は遺骨を持って田舎で床屋を営む、聾唖の娘夫婦(杉本美樹岡本喜八)をたずねる。家に入ると二階からバラバラと蚤が降ってくる。二階に住む中学生教師(緑魔子)が大量に猫を飼っているからだ。幾度も注意はしているがちっとも言うことを聞かない。蚤がバラバラ降るような店に来る客はいない。二人の暮らしはひどいものであった。菊松の話によると彼女は昔、教え子に輪姦されたトラウマがあったと言うが。。

登場人物も多いし、時間軸も狂ってるし、行きあたりばったりでストーリーには矛盾が多い映画でしたが、見ててそれほどは退屈にならなかった。銃一のお父さんを三国連太郎がやっているのだがこのキャラクターには終戦の翌日に割腹自殺した森崎監督のお兄さんが投影されているらしい。お兄さんの「遺書」も映画の中で使われています。

主演の三人の青年はまったくの素人で、今村昌平が作った横浜放送映画専門学院、今の日本映画学校の学生さんだったようです。主演で森崎監督の分身とも言える銃一を演じた伊藤裕一は劇中でも映画監督を目指していますが後に伊藤智生の名前で86年に「ゴンドラ」という作品を発表。一方、六本木に自主上映スペース「OM」を作った人でもあります。その後、AV業界に参入。AVの黎明期から撮影に携わり、TOHJIROの名前でソフト・オン・デマンドでヒット作を連発します。現在はドグマという会社を作って独立。インディーズ系のAVで人気を集めているようです。(実はAVには疎いのでまったく知らなかった。)人に歴史ありですなあ。。で映画の撮影に映画学校の生徒が多く使われていたようです。2003年のフィルメックスで行われた森崎東ナイトにも顔を出されていたようです。棒読みだし、声がくぐもってて何を言っているのかがよくわからんのだがラストのスタントはなかなか見事。

豪華キャストが見もの。田中邦衛の颯爽とした男っぷりも見事だし、清川虹子の肝っ玉母さんも堂に入っている。飄々とした感じの財津一郎も面白い。大人のおもちゃ屋をやりながら、「現代の眼」を読みながらオペラを聴いている。なお今作は東映のピンク女優として一世を風靡した杉本美樹の最後の作品*1となりました。

興行的にはまったくだった作品のようですが、喜劇に変えながら社会に切り込んでいくという手法は代表作の「生きてるうちが花なのよ 死んだらそれまでよ宣言」につながっていきますし、劇中に財津一郎が幾度も口にする「ニワトリはハダシだ」も後に映画の題名になります。そういう意味では森崎監督のフィルモグラフィでは重要な作品なのでしょう。

監督、脚本:森崎東 撮影:村上雅彦 音楽:佐藤勝 美術:田口和夫
キャスト:田中邦衛倍賞美津子清川虹子財津一郎伴淳三郎、沖山秀子、三国連太郎緑魔子杉本美樹岡本喜八火野正平殿山泰司小沢昭一、井川比佐志、伊藤裕一、太田聖規、荒木健一、深沢綾、鶴ひろみ赤木春恵麿赤児、森みつる

参 考
ドグマ
http://www.dogma.co.jp/

TOHJIROの経歴
http://www.dogma.co.jp/TOHJIRO/DIRECTOR/about.html

*1:翌年に結婚して引退