三月花形歌舞伎「霧太郎天狗酒醼」(きりたろうてんぐのさかもり)
3月15日に南座で三月花形歌舞伎「霧太郎天狗酒醼」(きりたろうてんぐのさかもり)を見てきた。何しろ、古い作品で江戸時代の代表的な歌舞伎作者並木正三の手によるもの。同時代で人形浄瑠璃の作家として大活躍していたのが、近松門左衛門だからこれはもう歴史上の人物である。回り舞台の創始者としても知られ、歌舞伎界における巨人による本作だが、明治の時代に入り、上演されなくなる。今回は百十一年ぶりの復活上演である。三月花形歌舞伎は復活作品が多いらしいが、本作は登場人物も多いし、主人公が悪党の親玉である霧太郎ということもあって難しかっただろうと思う。
時代は鎌倉時代初期。平家を滅ぼし、弟の源義経を誅して、征夷大将軍となった源頼朝が身罷って数年。二代将軍の源頼家の死後からこの物語は始まる。舞台では頼家が亡くなり、その弟の実朝が三代将軍となるが、史実は違う。頼家は御家人をうまく統率できずに将軍職から追放されて、岳父にあたる北条時政によって暗殺されている。この物語では北条義時が正義の人になっているので、北条家と対立する者は悪人(義時のライバルである比企軍太夫は比企能員のことであろうが、史実では北条家に滅ぼされている。能員の娘は頼家の妻で一幡という子供を生んでおり、言わば頼家の後見人であった)になっているが、実際のところは北条家による将軍職の乗っ取りである。この頼家の息子が公暁。無理矢理、出家させられて追放されてしまった。この公暁は出てくるので覚えておいてください。
次期将軍となった実朝(片岡愛之助)には微妙の前という愛する女性がいたのだが、藤原定家(百人一首の編者ですな)の息女・九重姫と縁組が決まっていた。尼将軍北条政子(市村萬次郎)は縁組のために、微妙の前の身柄を隠してしまう。半狂乱のようになった実朝はふらふらと鶴ヶ岡八幡宮にやってくる。供をしているのは北条政子の弟である北条義時(中村勘太郎)。ここに姿を現したのは神事のために召しだされていた傾城、言わば花魁です、の櫻木(中村七之助)。彼女は北条義時を慕っており、鶴ヶ岡八幡宮に来ている義時を探している。そんな櫻木を探していたのが、尼将軍のお供でやってきていた比企軍太夫(中村亀鶴)。彼は幕府の重臣であるが、義時とはそりがあわない。櫻木を見つけた軍太夫は言い寄るが、義時が現れて事無きを得る。軍太夫が去った後に櫻木は思いの丈を義時に打ち明ける。驚いた義時であったが、真心は通じた。情けを交わそうとしたその時、実朝が病に罹ったとの知らせが入り、義時は去っていく。病に冒された実朝を駕籠に乗せ、急ぎ八幡宮を後にする義時。そこに現れたのが烏天狗。一行は騒然となるが、義時が源氏の白旗を掲げると烏天狗を散り散りに逃げてしまった。
同刻同場所にて薬売りの喜之平(片岡愛之助 二役)は妻に再会する。喜之平は義時に仕えていたのだが、間違いから人を殺めてしまい、放浪の旅に出ていた。旅の途中、以前に仕えていた主人と再会し、その仕事を手伝っていたのだ。
ここで第二場。稲村ケ崎の場。サザンの歌で有名な稲村ケ崎ですな。魚を盗もうとした乞食坊主が漁師に折檻されている。ぼこぼこにされて、その情けなさ、悔しさにうずくまるその人こそ、先の将軍頼家の息子、公暁(市川蒔車)。本来ならば、三代将軍になってもおかしくないその身分。その鬱憤につけこんだのが都を揺るがす大盗賊の霧太郎(中村橋之助)。霧太郎は天狗の一族でこの世を魔界にしようと企んでいた。手始めに烏天狗を遣わせて、実朝を襲撃させたが、果たせなかった。源氏の宝である、源氏の白旗と宝刀鬼切丸がある限り、魔界の者である霧太郎は実朝に近づけない。しかし、源氏の嫡流である公暁を仲間にすれば、恐れるものはなし。将軍職と引き換えに助力を約束する公暁。その有様を見ていたのは幕府の重臣である和田新左衛門(坂東彌十郎)。二人の陰謀を知るのであった。
鎌倉では大事件が起こっていた。霧太郎の妖術で病となった実朝を守ろうと義時は鬼切丸を持参するが、中身はなんと桜の枝。義時を追い落とし、実権を握ろうとしている軍太夫はここぞとばかりに義時を攻める。申し訳なさに切腹しようとする義時。本当の忠臣ならば、宝刀を探してまいれと叱り付ける尼将軍政子。そうして勘当された義時は鎌倉を去る。
京都よりの使者が鎌倉に到着した。実朝の婚約相手である九重姫の父君である藤原定家よりの使者、大判事一角(中村橋之助)である。一角は実朝が他の女性を愛していることを定家が激怒していると伝えて、トンでもないものを婿引き出しのものとして取り出す。なんと九重姫の首である。その首と引き換えに源氏の白旗を引き渡すように要求する。やむなく、白旗を引き渡す尼将軍。そこに現れたのは和田新左衛門。九重姫の首が真っ赤なニセモノであることを暴き、一角を偽使者と見破る。そう、一角の正体こそは霧太郎だったのだ。鬼切丸と白旗を奪って、公暁と共に姿を消す霧太郎。鎌倉は魔界に落ちてしまうのか。
登場人物も多く、ストーリーも複雑だし、場面展開も多い。敬遠されたのは案外、そのあたりが理由かも。しかも割りと長い。これでやっと序幕が終わりなのだ。原作はもっと登場人物が多くて、ストーリーも込み入っており、かなり書き直したらしい。復活狂言とは言え、100年以上ぶりの復活なんでそのままではやれんでしょうな。原作では霧太郎が狂言回しとなっているようだが、本作では霧太郎を主人公において、登場人物を敵味方に分けて、整理している。
橋之助自身が「アナログの面白さを楽しんでもらえれば」というように本作は古風な歌舞伎である。語れるほど歌舞伎を見ていない私だが(せいぜい年に2回)水を使ったり、本火を使ったり、また脚本や演出を多分野の人が担当したり、と様々な工夫を凝らした歌舞伎が多い中で、本作は宙乗りはあるけれども、オーソドックスな歌舞伎であった。歌舞伎特有の「だんまり」も初めて見た。「だんまり」というのは登場人物が暗闇の中で何かを探して探りあい、パントマイム風に動く。真夜中に一つの場所に複数の登場人物が集まるが、暗くて何も見えないので、相手にも気づかないまま、スローモーションに手探りになる。その間に持ち物が入れ替わったりするのだ。そんなん、不自然やろと思わんでもないが、これは役者が一同にそろう顔見世なんだそうな。本作でも序幕の終わりにこのだんまりがあって橋之助、勘太郎、七之助、愛之助から皆がズラリ。掛け声がかかっていて、なかなかよい感じであった。
七之助の女形が素晴らしい。というかめちゃくちゃ綺麗だ。宮藤官九郎がパンフで「七之助君の女形は割りとタイプ」と告白してたが、その気持ちは私もわかるぞ。霧太郎にさらわれて、宙乗りになるのだが、そのシーンがもう圧巻である。背筋がゾクッと来るぐらい、美しい。。。兄貴の勘太郎も正義の人、義時を好演。霧太郎に翻弄されながらも忠義に尽くす侍の凛々しさをうまく出していた。動きもきびきびして気持ちがいい。橋之助演じる霧太郎の大仰さもよい。この世を魔界にしようと企む大盗賊であるが、実は心に秘めた過去が後半に明かされる。散り際までかっこいい。北条政子を演じた萬次郎さんも好演。この人は「PARCO歌舞伎 決闘!高田馬場」のおウメばあさん(あ、ばあさんつけちゃ、返事してもらえないのか)が最高だ。本作でも政子よりも喜之平を追い出そうと画策するお姑さんをおウメさんの息でやっていて、観客席を沸かせていた。おもしれえ。
幕が開く前に舞台の上には本作の登場人物の人形がズラリ。人形を誂えた主人と客がストーリーの概略と登場人物の説明を簡単に行ってから幕が開く。その始まり方も面白いと思った。
何にしても舞台は前で見たい。今回は二階で見たが花道が見えにくいのはちとつらい。宙乗りはよく見えたけど。歌舞伎は高いけど。。やっぱり面白い!また行こう。
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