それでもボクはやってない

それでもボクはやってない 1/20 TOHOシネマズ高槻スクリーン8
★★★★
→最も新作が待たれた監督の一人、周防正行の最新作。「Shall We ダンス?」が96年だから、実に10年ぶりの新作。いや実にここまで長かった。2001年に3本撮るという噂があって、期待してたんだがいつまでたっても何も続報はなし。同じアルタミラピクチャーズ磯村一路が着々と新作を発表する一方で周防さんは古田と対談して本書いたり(周防さんは大のヤクルトファン。ちなみに私もそうだ)、インド映画のルポやったり、プロデューサーやったりと映画を撮ろうとする動きが全くなかった。

 もしかしてプロデューサーに専念してもう作品は撮らないんじゃないか、と思ってたらやっと新作の噂、題材は痴漢冤罪。正直、古いと思った。すべての男が遭遇する危険のある、痴漢冤罪というテーマの選び方はうまいと思うけど、少ない件数で持って現在の痴漢取締りを批判するような内容なら厭だと思った。痴漢冤罪が話題になった時に一部マスコミの取り上げ方はそういう感じだったからだ。10件もない冤罪で年間1万件以上起こっている痴漢を批判するなんてどうなのよ、と。だが、周防さんの狙いは違った。痴漢冤罪には日本の裁判制度のすべての問題点が現れている。周防さんがやろうとしたのは、日本の裁判であったのだ。

 当初、周防さんは痴漢冤罪の若者が苦悩しながら無罪を勝ち取る映画にしようと、それなら今まで自分が作ってきた映画のカラーでできると考えていたらしい。しかし調べていくうちにどうしても疑問がわきあがってきた。なんで無罪の人がこんなに苦労しなきゃならないんだ?起訴したら、99.9%が有罪ってのはおかしくないか?日本の裁判制度って変じゃないか?やがてそれが怒りに変わった。「今回の映画は娯楽映画じゃない」と言い切る周防さんが言い切るように、本作はまるで今井正の「真昼の暗黒」や山本薩夫の「真空地帯」のような硬派な社会派な作品になっている。そこには日本の裁判制度にはこんな問題点があるよ、という紹介にはとどまらず、はっきりと日本の裁判制度への批判につながっている。かつて、今井正は係争中であった八海事件を題材にした映画を作る時、はっきりと無罪を訴える内容で作りたいと言う脚本家の橋本忍の意見で決意を下した。もし本作の内容が間違っていたなら、映画は二度と作らない。それがレッドパージ東宝を追い出され、独立プロを立ち上げた映画人の覚悟であり、矜持であったのだ。仲間と語らい、アルタミラピクチャーズを立ち上げた周防さんの本作への挑戦にもそうした独立プロの覚悟と矜持を感じるのだ。

 映画は電車を降りた青年が痴漢の疑いをかけられて、警察に連行されるところから始まる。取調室に放り込まれて待たされた挙句、いきなりヤクザみたいな刑事に怒鳴られて、痴漢犯人に決め付けられる。抗議しようと立ち上がりかけるといきなり手錠がかけられた。「おまえは逮捕されてんだよ!」と宣言する刑事。ここでやっとタイトル。ドキュメンタリータッチに映画は慌しく進行する。気がつけば、逮捕されてるのだ。ここでやっと主人公は大変なことになっていることを認識する。

 しかし、自分がどんな立場にいるのか、それを実感するのはもっと時間がかかる。この焦燥感は観客に等身大に痴漢冤罪の怖さを実感させる。やってないんだ、と訴える彼に誰もが耳を貸さない。刑事は「本当のことを言え。やったんだろう?」としか言わないし、当番弁護士にも示談を進められる始末。友人や母の尽力で彼にも強い味方が現れる。ベテランの弁護士であった。その弁護士の頼もしさに光明を見出す青年であったがその弁護士から語られた、裁判で無罪を勝ち取る可能性は「3%」であった。。。どんな小さな事件であろうが、無罪を訴える、ということがこの国ではどういうことなのか。それは「国家権力と戦う」ということだったのだ。ここにきて青年は自分の立場をはっきりと実感するのだ。

 ストーリーだけ見るとかなり悲壮感が漂うが、目まぐるしくめぐる展開に酔わされて、観客は物語に集中する。主要登場人物だけで27人もいるのだが、テンポよく処理しているのがうまい。中盤から裁判のシーンが主となり、濃密な法廷ドラマが展開されていく。裁判のシーンは法廷ドラマの傑作であり、フォーマットとなった、野村芳太郎の「事件」によく似ている。重い映画であるが、ドラマが面白いので、説教くささが全く感じられない。ここらはさすが周防正行と言うべきか。ただ、支援者に一人に元カノを出しておきながら、全く主人公との関係が語られないのはやや拍子抜けではあった。

 加瀬亮は期待通りの演技。等身大の普通の兄ちゃんを伏し目がちに演じている。じっと裁判官や検察をにらみつける視線が鋭く、監督の思いを代弁している。時には怒ったり、泣いたりと感情も豊かに表現していた。本田博太郎も久しぶりの怪演で留置場の事情にやたらと詳しい、ゲイくさいオッサンを楽しげに演じていた。ささやくように「何したの?」と話しかけるシーンでくすくす笑ってしまった。いやーこの人、昔から大好きな俳優さんだけどやっぱりいいわ!母親役のもたいまさこも出番は少ないが、リアルな母親を好演。「かもめ食堂」と言い、この人も再び黄金期を迎えつつありますね。他に人を人と思わない、不遜な裁判官に小日向文世、何の仕事やってんのか、さっぱりわからん傍聴オタクに山本浩司、痴漢冤罪で無罪を勝ち取った佐田に光石研、粛々と裁判を進める検事に尾美としのりと日本映画を彩る脇役がズラリだが、恐ろしく人間くさい副検事を演じた北見敏之と「刑事裁判の使命は無罪の人を罰してはならない」と語る裁判官の正名僕蔵の存在感が特に素晴らしい。二人ともあんまり見ない俳優なんでこれからは注目して見ていきたい。

それでもボクはやってない オリジナル・サウンドトラック

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それでもボクはやってない―日本の刑事裁判、まだまだ疑問あり!

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キネマ旬報 2007年 2/1号 [雑誌]

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ファンの皆様おめでとうございます

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