ミュンヘン
●ミュンヘン 2/4 TOHOシネマズ高槻スクリーン8
★★★★★
→すさまじい作品であった。164分という長い作品であったが、長さは全く感じず、作品の世界にすっぽり入り込み、濃密な時間をすごした。私は熱心なスピルバーグファンではないが、本作には予告を見ただけで胸をときめかし、これは傑作だと期待していた。そして実際に期待通りの作品であったことに我先に観客が帰っていくのを尻目にエンドロールなが流れる中、私は感動していた。やっぱりスピルバーグはすごい。今や映画界を動かす大物の一人であるが、この人の本領は映画監督。いくつになっても死ぬまで、自らメガホンを握り続け、現場に君臨しつづけるだろう。
本作は1972年のミュンヘン・オリンピックの選手村で起きたパレスチナゲリラによるイスラエル選手団殺害事件から始まる。再現フィルムと当時のテレビニュース映像で効果的に時代の匂いを漂わせながら、淡々と事件は語られていく。テレビを見つめるイスラエルの一家、そしてパレスチナの一家。テレビは伝える。「人質、全員救出」。イスラエルの一家は胸をほっと撫で下ろし、抱き合って喜ぶ。パレスチナの一家は泣き崩れる。しかしそれは誤報であった。「人質、全員死亡」。それがこの事件の結末であった。
しかし世界の動きは止まらなかった。オリンピックは中止されることなく、イスラエル人がそこに自国の選手団を見ることは無かった。テロ組織「黒い9月」の勝利であった。イスラエル政府は一つの決断を下す。「黒い9月」にまつわるパレスチナ人は生かしちゃおけぬ、と。イスラエルの秘密諜報機関モサドは暗殺団を組織する。「全ての責任は私にあります」と首相は皆の前で語った。
しかしそうした重いテーマを背負いながら、ストーリーの足取りは軽やかである。アブナー率いる暗殺団の手際ははっきり言って悪い。買い物帰りで丸腰のオッサンを殺すのにもたもた手間取ったり、パリに住む活動家を電話爆弾で殺そうとした時にもその娘の帰宅に大慌てで中止したり、爆薬の量を間違えて隣のバカップルまで殺しかけたり、作戦遂行に苛立ち、「面倒くせえ!」と爆弾を自らぶつけに行ったり、とかなり間抜けな行動が目立つのだ。
上司のエフライム(これをジェフリー・ラッシュが演じる。ちょっとバルバロッサ入ってる)も「おまえらはモサドの一員じゃないことになってる」と冷たく突き放しつつも「情報源を言え!」とか「おまえらの金はどこから出てるんだ!」と主導権をとりたがる困った上役だし、「おまえらが何しようが俺は知らん!金をつかったら、領収書よこせ!」と怒鳴りまくる経理のオッサンとスタッフにもまともな奴があんまりおらんのだ。
実際にテロリストやモサドに会ったことはもちろんないが、その仕事のすさまじさから彼らは普通の人間ではないと思いがちである。しかし、彼らもまぎれも無い人間であり、実際の暗殺は情報収集と実行のみでかなり地味な作業である。こうした描き方は案外リアルなんじゃないかと思った。
リアルなのは人物の描き方だけではなく、残虐描写もかなりリアルである。爆破シーンではちぎれた腕がぶら下がり、女殺し屋は傷跡から血を流しながら絶命する。頭を打ち抜かれたアラブの少年兵は血しぶきをあげながらプールに沈んでいく。頬を撃たれ、呆然とした男が流れる血で撃たれたことに気づくシーンも恐ろしい。皆が血を撒き散らしながら、惨めに死んでいく。そこに美学はなく、人が死ぬ姿を遠慮は全く無い。スピルバーグって一般には娯楽映画の旗手であり、社会派の作品も撮る良識派に思われがちであるが、残酷描写に関しては容赦がない。「プライベート・ライアン」もすごかったが、本作でも思わず目を背けたくなる殺人描写で「テロは殺人」であることを雄弁に語っている。
次々と任務を遂行していくアブナー達だが、彼らも狙われる身となった。また敵はパレスチナだけではなかった。KGBやCIAと言った秘密組織にも様々な思惑があったのだ。またアブナーが全面的に信頼していた情報屋「ル・グループ」との関係もおかしくなっていく。実際に仲間が殺されたことで、彼らの歯車は狂い始める。そして自分が既に死地に踏み込んでいることを知る。徐々に主人公が追い詰められ、クライマックスを迎えるというつくりは「殺人の追憶」に似ている。ラストの見せ場となる、息がつまるようなドラマは実に見事。
70年代のヨーロッパの町並みが美しい。「マイノリティ・レポート」もそうだったが、柔らかい光線で落ち着いた町並みを描き出して、うっとりしてしまう。光線を絞って落ち着いた質感をしっとりと出した演出もたまらない。シルエットの使い方も秀逸。俳優ではカール役のキアラン・ハンイズがよかった。パイプをくゆらす姿がかっこよすぎだ。
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