赤い殺意 1964年 日活

☆赤い殺意 1/20 高槻松竹セントラル(女性映画傑作選10)
★★★★

→言わずと知れた今村昌平の代表作である。今村監督は自分の作品の中でどれかひとつをあげるとすれば「赤い殺意」であると生前語っていたらしい。今村昌平は後年、海外で賞を取ったためか後期の作品を評価する人が多いが、この人の真骨頂は「にっぽん昆虫記」「赤い殺意」「人類学入門」「人間蒸発」「神々の深き欲望」などの60年代の仕事だったと思う。特に「赤い殺意」は3時間もあるのだが、飽きることなく見せてくれる力を持った作品である。画面全体からじとっとした汗がにじんでくるような迫力であった。やはり今村昌平の作品はスクリーンで見るに限る。画面にズルズル引きずり込まれるような臨場感はとてもビデオでは体験できない。姫田真佐久の撮影も素晴らしい。電車から放り出されて虚空に消えていく春川さんを見た時には何が起こったのか、と思ったぞ。

 主演は春川ますみ。今村監督は当初、主演に素人のストリップ嬢を考えていたらしい。「私はあなたに賭けてみたい」と懸命に口説いたが、向こうが尻込みしてしまい、実現はなかった。素人を主役に抜擢しようとする考えには日活も嫌気がさしたのか、本作は今村監督の日活での最後の作品になっている。春川ますみは「にっぽん昆虫記」にも出ていたのだが、今村監督はどうもあんまり好きでなかったらしく、「当初はこの人使えないなと思いました」とかなり率直に語っている。勘がいい人なのでこちらの演出意図を理解して、通りの役柄は演じてくれるのだが、そこで終わってしまうのが気に入らなかった。ただ母性的であまりセクシャルな感じが出ていないのがイメージにぴったりだったので、起用を決めたそうです。夫役の西村晃がベッドシーンを撮りおえて、監督に「おい、立たんぞ」と文句言ったところ、「立ってるところを写すわけじゃないから」と答えたというエピソードが残ってますが、ベッドシーンやレイプシーンでセクシャルな感じを出したくない、と。前述のストリップ嬢の起用もそれを狙ったもんだったそうです。演技よりもまずはイメージが大切だったわけです。

 結果として、監督が最も好きな作品と言うほどの作品に仕上がっているのだが、春川ますみにとってはどうだったのか。考えてみればこれ以降、春川さんは今村監督作品には出ていないのだ。春川さんは以降、その愛くるしい雰囲気にどんな映画にもなじむ、その演技力で日本映画に欠かせない名脇役になっていった。映画監督というものはそういうものなのかもしれないが、今村昌平にとっての俳優はコマでしかない。長門裕之もあっさり切り捨てたし、「カンゾー先生」では撮影中に主演の三國連太郎と喧嘩して逃げられたりしている。それでも坂本スミ子北村和夫小沢昭一を初めとして緒形拳倍賞美津子役所広司と彼を慕う俳優は多かった。春川ますみにとって今村監督はどうだったのか。「赤い殺意」が素晴らしかっただけにこれ以後、彼女の今村作品への出演がないというのは残念な気がする。

 西村晃は女たらしのインテリ(と言っても図書館勤めだが) をねちっこく、熱演。喘息持ちでトカゲのように厭らしい、しょうもない男である。その愛人の楠侑子もいい。春川を追い出そうと必死になって謀略をこらし、みっともないほどに西村にすがりつく。無残な死にっぷりも気の毒だ。北村谷栄も「にっぽん昆虫記」に引き続き、強烈な婆さんを好演。叩き殺しても死なんな。

 原作は藤原審爾の小説だが、舞台も筋も全く違う。今村監督は小官僚の妻の苦悩を描いた部分だけを取り出して、全く違う映画にしてしまった。原作者の藤原は作品の出来栄えを手放しで絶賛し、特に田舎をリアリティに描いたことを褒めている。「にっぽん昆虫記」でも使っていた時折入る田舎者のひそひそ話(何を言ってるかさっぱりわからん)に荒い静止画にかぶさる主人公のナレーションと今村節が冴え渡り、田舎の持つ閉鎖性とたくましさが同居する空間をうまく表現している。本作でもなんだかんだと理由をつけて、嫁の春川ますみを一族に入れることを拒否し、彼女が生んだ子どもさえも戸籍上は彼女の子どもではないことになっている。頼りにしたい夫の西村晃は浮気に忙しく、酔った勢いで「おまえなんて下女じゃないか!」と怒鳴りつけてしまう。この状況で強盗に入った露口茂に強姦されてしまい、以降も家族にばらすぞと脅しながら何度も彼女のもとにやってくる。「あーわたしはなんでこんな不幸なんだろ!」と心の中で叫びながらも彼女は徐々にたくましくなっていく。その経過がまたあぶなっかしくてストーリーが全く読めずにドキドキしながら、観客は春川は見守ることになる。春川ますみの演技がやっぱり素晴らしい。男と逢っているところの写真を見せられても「これは私じゃないです。。もし、これが私だったらあなた、どうするんです」と居直ってしまう。ぼんやりとのろのろとした口調なんだが、詰め寄る旦那はぐっとつまってしまい、以降は尻に引かれてしまう。観客の予想を裏切るドラマの展開が見事。かつては悔しさで握りつぶした蚕を今は太ももで遊ばせる、それを無表情でなーんにも写ってない目玉が追いかけているラストシーン。日常にこそドラマはある。ゾクゾクした。

赤い殺意 [DVD]

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今平犯科帳―今村昌平とは何者

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姫田真左久のパン棒人生

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確かに春川ますみを見て立つことはあまりないなあ。。後年のジョナサンのカミさん役が最高の当たり役でした