二泊三日山陰妖怪旅巡り〜たどりついたらいつも雨降り〜

betobeto


右の写真はべとべとさんです。このシンプルさが好きだ。⇒

10月に入ってすぐの日曜日。ようやく涼しくなってきた京都を後にして、私は弟と山陰地方への旅に出た。出雲大社から松江、境港、安來と旅をする。当初の目的は「妖怪大戦争」で神木隆之介君がすねこすりと共に訪ねていた水木しげる記念館を見ることであった。わざわざ山陰地方まで出かけるのだから出雲大社ぐらいは見ておくか、隠岐にも行くか、萩までできたら足を伸ばしたいとか色々考えたが、電車とバスを使っての旅行には限界があり、また調べれば調べるほど境港には行きにくいこともわかってきた。いっそのこと、島根をぐるりと回るのはどうかとも考えた。

が、あくまでも目的は「水木しげる記念館」である。神木隆之介君の歩いた水木しげるロードである。となれば、後は簡単である。で、こんなとこに落ち着いた。京都駅を7時半に出た高速バスは一路、出雲市を目指す。中国自動車道でバスの前を走る車はなかった。バスはすべるように走り出した。

 昼の1時過ぎに出雲に到着。雨が降っていた。少雨であるが、傘が必要というかなりうっとうしい天気であった。出雲駅から大社まではバスである。向こうでメシ食えばエエヤンケ、とバスに乗り込んだ。これが間違いのもとであった。空腹は人の判断を弱らせる。ガイドブックで見て決めていた店を完全に見失い、仕方なく適当な店に腰を落ち着けた我々は観光地の食い物屋の洗礼を受ける。本当にひでえ味であった。しかも高い。正門前の寂れた「か○だ」という店には行かないほうがいい。それから出雲大社バスターミナル近くの観光センターの店員はサービス業というものをちっともわかっていない。「早く出て行け」と言わんばかりの応対に危うく、大きな声を出しかけた。なんなんだ、こいつら。出雲大社自体もただあるだけ、と言う感じで展示の工夫も何にもなくてわざわざこんなところまで来てしまった徒労感でいっぱいであった。観光地には、そこにある観光資源のみに特化し、土産などで観客に金を落とさせる観光地と工夫を凝らして観光客に楽しく金を落としてもらおうと努力する観光地がある。出雲はそのダメな方である。他にも挙げればきりが無いが、ほとんどの観光地は大体このダメな方である。まあ悪天候の上に寝不足もあったんだが。思い出すだけでむかつくのでこのへんにしとく。

 夕方に宿のある松江に到着。日曜日ということでガイドブックに載っている店はほとんど休みで高田屋というそばを食わせる居酒屋に行く。やっとまともなそばが食えた。。ただ、出雲そばと言ってもさほどかわらんような気がした。だしが濃いなと思ったぐらいだ。それから気になったのは松江の活気の無さ。最も煩雑する夕方でも駅前で歩いている人が少ない。松江は竹下登(通称:ノボー)と青木幹雄(通称:ミキティ)という政治家が東京住民からの血税をつぎ込んで街中は綺麗になったが、あんまり特色が無い。しかも観光地でもないから、観光施設もおざなりで旅行者には名物を食わせる店を探すのも苦労するほどの味気の無い町でした。居酒屋をのぞいてもガラガラだったしね。ただの地方都市がこんなにつまらんもんとは。いかがわしいお店もあるらしいが見事に奥に引っ込んでいる。さすが教育県だのう。。深夜になぜか「草野★キッド」がやっており、見たことがない(関西では放映していない)我々は感動していた。

 二日目。今日はいよいよ境港である。早朝より電車で米子に向かい、境線で境港に向う。目指すは神木隆之介君も行った水木しげる記念館である。70年代後半より80年代前半に生まれた者にとっての水木先生はやはり「ゲゲゲの鬼太郎」と「悪魔くん」であろう。何度目かのアニメ化を見ていた世代である。ご他聞にももれず、私も「妖怪ハウス」を買っていたし、「エロイムエッサイム エロイムエッサイム〜」の歌は今でも完璧に歌える。なので、米子駅の0番線乗り場や鬼太郎列車でめちゃくちゃはしゃいでもまあ仕方ない世代なのである。かなりはしゃいでしまいました。

はっきり言ってびっくりした。境港から米子に勤める人はこれで通勤してるわけだ。おお、羨ましい!


 境港に到着。昨日とは打って変わっての晴天。そしてうぜえツアーの客もおらず、町全体がガランとしている。観光案内所に立ち寄ってから水木しげるロードを歩いていく。境港市と言えば、いわしが一番取れるところじゃなかったか、と小学生時代の記憶が蘇るがそれも随分昔のことでかつてほどの勢いはない。しかし日本有数の港であることには間違いなくて、カニの水揚げが日本一なんだとか。水産まつりがあるとか。これにあわせて行けばよかったなー。観光としては隠岐への通り道ぐらいで温泉も湧かないし、めぼしい観光資源もなかった。が、平成8年に鬼太郎ロードが完成し、水木しげる記念館が平成15年に開館してからの観光客はうなぎのぼりでなんと年間45万人の観光客が250万人あまりになったと言う。まさに水木しげる先生様々である。ズラリと並ぶブロンズ像は確かに圧巻であるし、見事にここに来たくなる工夫がなされており、大変に気に入った。

俺は水木先生の漫画で一番こいつが好きだ。名前は情報屋か?


出雲とは大違いである。これを見るだけでも充分に旅行に来た甲斐があった、と大きくうなづいた。水木しげる記念館自体は大丸ミュージアムKYOTOでやった「Oh!大・水木しげる展」とほとんど同じ展示であんまり感動はなかったが、このロードはここでしか見ることができない。まあ、「しげる展」でもブロンズ像の展示もあったが。それから水木しげる先生のブロンズ像のある正福寺にも行ってきた。本当に普通の寺でブロンズ像がポツンとおいてあるだけなんだが、ファンなら必見だろう。水木しげる記念館から離れており、行くのには骨が折れた。

実際に見るとかなり小さい。ポツンとおいてある。

境線のひなびた感じものんびりとしてて心地よかった。ここはまた来たいな。

なぜか沿線にはしゃちほこがある家が多かった。謎だ。

 夕方、宍道湖観光遊覧船にて夕日を楽しむ。宍道湖は海にもつながっているので、かすかに潮の香りもする。特にめぼしい店もないので昨日行った高田屋にまた行く。

こういうときに写真の腕がないのが厭になる。素晴らしい夕日であった。

 三日目。今日は松江市観光と安來の足立美術館に行って京都に帰る。またもや天気は下り坂でレンタルサイクルを借りる計画はつぶれてしまい、バスで松江城に向う。午前中のみの予定だったのでとりあえず、松江城小泉八雲記念館、武家屋敷を見るが松江城の石垣以外は特に印象に残るものはなかった。展示物が古くて展示に工夫がないのだ。あるものを展示することなら誰でもできる。もう少し工夫が必要だろう。観光とはわざわざ遠くまで足を運ばせて金を落とさせる、という生活から見ると全く無駄なものである。言わば無駄を楽しんでおるのだから、楽しく無駄使いさせてくれい。わざわざ足を運んだ甲斐を感じさせて欲しいのだ。

その点、足立美術館は素晴らしかった。値は少々張るが、日本一の庭園に横山大観の名画の展示は実に見応えがあって2時間があっという間であった。これこそが観光地の持つ「もてなしの心」であろう。堪能した。創設者の故・足立全康は実業で成功して故郷に錦を飾った人物だが金の使い道と資産家の役割というのを実によくわかっていた人だと思う。自分の好きな絵を収集してそれを美術館で展示する。そしてお客さんが来る。これほど楽しいことはなかろう。そして資産家にしかできないことである。その心意気だけでも私の胸はいっぱいになった。

ここぐらいしか写真撮れなかった

夕方。米子より帰京。京都駅近くの大正湯で旅の汗を流して帰宅する。だって家の風呂はつぶれてたから

安來武士らしい。はっきり言おう。センスなさすぎだ。

人気blogランキングへ登録しました。

妖怪大戦争 (角川文庫)

妖怪大戦争 (角川文庫)

妖怪大戦争~ある夏の冒険記~ [DVD]

妖怪大戦争~ある夏の冒険記~ [DVD]

水木しげる妖怪大百科

水木しげる妖怪大百科