帰郷〜だったらチハル、お嫁さんになってあげる〜

kikyou


 夏休みということもあって映画館が大変に混んでいます。正直、人が多いところは苦手なので映画館へ行く回数も減っています。また見たい作品もねえ、あんまりあらへんのですよ。この暑い中、ガキで溢れてるシネコンにわざわざ足運ぶ気にもなれねえよ、ということで最近はおガキ様もナウなヤングもいらっしゃらない映画館で市川雷蔵の映画を始めとする大映の作品か、天六ホクテン座の韓国映画特集にしか足を運んでおらず、(それにしたって結構混んでる)旧作の紹介ばかりしておりました。が、久々に紹介したい新作が出てきましたので紹介しておきます。今日、紹介するのは西島秀俊主演の「帰郷」。監督は「楽園」の萩生田宏治。内田栄一、山本政志(あの伝説の「熊楠」の撮影に参加していた。ちなみに同じ現場にいたのが行定勲)、河瀬直美の助監督について「君が元気でやってくれていると嬉しい」という長い題名の自主映画で監督デビュー。ドキュメンタリーに「中学生日記」の脚本も手がける才人です。数年前に「私立探偵濱マイク」シリーズの第3話「どこまでも遠くへ」の演出を担当。このシリーズは全部見てて何個か面白かったのもあったが、この3話目については全く記憶が無いのだ。

 再婚する母親の結婚式に出るために晴男(西島秀俊)は久しぶりに故郷に帰ってきた。母(吉行和子)は夫を失い、久しく独身であった。相手は晴男の同級生の父親。彼も連れ合いを早くに亡くし、独り身であった。晴男は何も知らされておらず、母親からの葉書でそれを知って急いで帰ってきたのだ。説明を求める晴男に対して「あの人は私より年下なのヨ。私は年下と付き合ってみたかったの」と大はしゃぎしていた。

 その夜、先輩山岡(光石研)の居酒屋で晴男は深雪(片岡礼子)に再会した。深雪は数年前に故郷を離れていたのだが、半年前に子供をつれて帰ってきていた。今は生活費を稼ぐためにここでアルバイトをしている。急な再会に戸惑う二人。やがて二人になった彼らは暗闇の中で体を求め合った。数年前、二人は同じように男女の関係になった。晴男は本気で深雪で愛していたが深雪はその直後に故郷を離れた。深雪は帰り道、自分の子供について語り始めた。「女の子で7歳。名前はチハルって言うの。晴男君のハル。目なんてそっくりよ」動揺する晴男に「明日、家に来てね」と住所を告げて自転車で走り去ってしまった。

 翌日。朝一番に東京に帰ろうと切符を買った晴男だったが昨日の深雪の言葉が引っかかっていた。教えられた住所に向かう晴男。チャイムを押すが返事は無い。振り返るとランドセルを背負った小さな女の子がこちらをみている。「あの・・お母さんはいますか」「いません」女の子は明らかに怪しんでいた。「君、チハルちゃんだよね?お母さんはどこ?」「スーパーでお仕事」と答えるとチハル(守山玲愛)は家に入ってしまった。あきらめて帰りかけたときにチハルはまた出てきた。田舎道をトコトコ歩いていく彼女の後ろを微妙な距離で追いかけて行く晴男。

 再び家に帰ってくるとチハルは無言で晴男を家に入れた。気まずい空気が流れる中で携帯電話が鳴る。深雪の携帯だ。山岡からの電話だった。昨日の売り上げの計算が合わなかったので、勤務先のスーパーに電話してみたのだが不在だったと言う。胸騒ぎがした晴男はチハルを連れてスーパーに向かうが、深雪は不在であった。途方にくれた晴男はチハルを実家につれて帰るのだった。

 何よりも素晴らしいのはやはり主人公の西島秀俊。去年から今年にかけて西島秀俊の出演映画は多くて、一時期の大杉漣みたいになっています。私が見ただけでも今年で「銀のエンゼル」「カナリア」と本作の三作品。しかも重要な役柄ばかり。面白い俳優さんで役柄は「CASSHERN」の国粋主義者から体は大人でも心は子供な青年を演じた「ニンゲン合格」や映画スター役の「ラスト・シーン」、「カナリア」の脱会信者役とかなりいろんな役柄を演じている。役柄によって演技を変えてしまうカメレオン俳優ではなくて、役柄を自分のキャラクターに合わしていくタイプで自然体でペロリと演じ分けてしまう器用さがすごい。本作では朴訥とした、真面目なんだけどどこか周囲とずれている、世間知が足りないというか空気が読めない男を好演。7年前の深雪との逢瀬をいつまでも覚えているところから恋愛はあまり得意でないな、とか仕事は技術屋さんでハム会社の衛生管理をやってる、衛生管理は非常に責任が重い仕事だろうし、やっぱり日頃から几帳面な性格なんだろうな、などと映画を通じて彼がどういう人間なのか、ということを考えてしまうのだ。このごろの映画でこれほどに登場人物について観客に考えさせる映画はなかったなあ。なんかすごく新鮮だった。

 チハルちゃんを演じたのは「ニワトリはハダシだ」で主人公の妹役をやった守山玲愛ちゃん。母親の居場所を自分の頭で考えてどこか頼りない晴男に先立って、真剣に母親探しに頑張る健気でしっかりとした少女を好演しています。たこ焼きをほおばってニコと笑うシーンがめちゃくちゃに可愛らしい。晴男に怒られてえんえんと泣いてしまうところも愛らしい。深雪役の片岡礼子は2年ぶりの出演。2001年度キネマ旬報主演女優賞を受賞した「ハッシュ!」の後に脳出血で倒れ、療養中でしたが見事に復活。「ハッシュ!」での演技は本当によかった。現代に生きるたくましい女性を体当たりで演じていました。久しぶりにスクリーンで見てほっとしましたよ。彼女の映画では「鬼火」が大好きですね。本作でもさばさばして、あっけらかんと生きている強い女を好演しています。

 ストーリーの筋立ては至ってシンプルで登場人物も非常に少ない。なんと主人公の西島秀俊が出てこないシーンが一つも無いのだ。徹底して主人公の行動だけを追っている。脚本を萩生田宏治と共に担当した利重剛によると初稿ではもっといろんなもんを詰め込んでいたのですが、「田舎に帰り、ひょんなことで自分の子供かもしれない子と過ごす1日」というストーリーに絞って整理しなおしたそうです。韓国映画が滅法面白くて最近はそればかり見ているのですが、韓国映画は脇役も含めてキャラクターにどんどん色をつけてキャラが勝手に動き出して賑やかで面白い映画にしています。この映画はそれの反対で登場人物にあまり色をつけずに何気ない台詞の積み上げで色をつけていっています。非常に地味ですけど、見終わったあとにでも「あのシーンはああいう意味だったんだ」と考えさせるような映画になっています。それからひっそりと伊藤淳史が出てる。早朝の駅で座ってるカップルの役で台詞も無いけど。

監督:荻生田宏治 脚本:荻生田宏治、利重剛 プロデューサー:利重剛、磯見俊裕 映像:伊藤寛 録音:久保田幸雄 美術:吉田悦子 音楽:今野登茂子

出演:西島秀俊、守山玲愛、片岡礼子高橋長英相築あきこ光石研吉行和子ガダルカナル・タカ伊藤淳史諏訪敦彦

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