どら平太〜望月小平太殿、今日も出仕なし〜

heita

 今日、紹介するのは市川崑監督の「どら平太」。1999年に行われた第二回京都映画祭のクロージングセレモニーで見たことを覚えていました。ゲストには確か市川崑浅野ゆう子でした。この年の京都映画祭が一番面白かったなあ。久しぶりにBSで見たんですが、懐かしかったです。封切は2000年だから今から5年前の作品か。

 舞台は江戸時代のある小藩。新任の町奉行として江戸から望月小平太(役所広司)が赴任してきた。ところがこの男、一度も奉行所に姿を見せない。噂によると乱暴者の遊び人のドラ息子でついたあだながどら平太町奉行職は代々、長く続かずにすぐに辞めてしまうことが多かった。いつものことだ、とため息をついて奉行所の役人(うじきつよし、尾藤イサオ)は今日も「町奉行望月小平太殿、今日も出仕なし」と日記につけていくのだった。どら平太は本当にどうしようもない男なのか。さにあらず。その噂は平太の親友である大目付の仙波(宇崎竜童)が故意に流した噂であった。

 町に「壕外」と呼ばれる地域がある。ここでは、密輸、売春、賭博が横行しており、 灘八親分(菅原文太)太十親分(石倉三郎)、才兵衛親分(石橋蓮司)の三人の親分が幅をきかしている。ここには武士が入ることは許されない、言わば治外法権の地域なのだ。平太が出仕することなく、探っていたのはこの「壕外」だったのだ。なんとここから上がる収益の何割かが藩に納められて、困窮する藩の財政を助けている。そのため、城代(大滝秀治)を筆頭に家老連中(加藤武神山繁三谷昇津嘉山正種)も壕外を見てみぬふりをしているのだ。平太は殿の書付を旗印に壕外の浄化に乗り出すことを宣言する。若者に信望のある安川(片岡鶴太郎)の協力を得て、平太は遊び人に変装して「壕外」に入り込むのだが。。

 山本周五郎の「町奉行日記」の映画化。1970年頃に黒澤明市川崑小林正樹木下恵介の4人で作られた四騎の会の第一回作品として本作は映画化が企画されていますが頓挫。呼びかけ人は黒澤明で原案も「どら平太」というタイトルも彼が考えてたものです。4人で脚本を書いて、4つのパートにわけて4人が別々に監督するだったそうです。キャストも三船敏郎中村錦之助石原裕次郎勝新太郎で考えられていました*1当時の黒澤明は「トラ!トラ!トラ!」を降板させられた頃で低迷していた日本映画に危機感を抱いていました。日本映画が駄目になっていく中で気を吐いていたのは東映のヤクザ映画だけど彼はそれがすごく気にいらない。ヤクザ映画、ポルノ映画という分野を激しく彼は憎悪し、後にヤクザ映画やエロ映画を撮るような監督とは同席したくないと日本映画監督協会の会費を滞納しています。黒澤はヤクザ映画が嫌いというか東映岡田茂が大嫌いだったようで彼が提唱した日本アカデミーにもケチをつけたりしています。

 四騎の会も世界に通用する映画を作ることと同時に反ヤクザ映画を目標に立てておりました。徹底的に悪を憎むという彼の信条からの行動なんだろうけど、こうした潔癖症が後に彼が愚臣に奉られる天皇様になって駄作を連発する裸の王様になってしまった原因の一つだったんでしょう。

 脚本は完成したものの、ロケ地が見つからず難航して黒澤明の「どですかでん」を東宝と協力して撮ったものの以降の活動はなし。独立プロは当時からありましたが、実績も集客力もある複数の映画監督による四騎の会がもし成功していたら、監督が本格的に製作に携わるという意味で日本映画の製作現場に与える影響は大きかったでしょう。今回の映画化は黒澤明の残した脚本の映画化ということで金を引っ張ってきて、四騎の会で一人残った市川崑が映画化。そこには映像京都*2の代表である西岡善信さんの協力がありました。

 ゆったりとした落ち着いたテンポで映画は進んでいきます。市川崑お得意の陰影を生かしたカットも見応えがありますし、セットの出来栄えがすごくいい。美術はベテランの西岡善信。「壕外」の入り口のセットが実にいい雰囲気です。壕外は出島になっていて、橋がかかっている。橋の向こうは賑やかで楽しそうなんですが。一歩入ればそこは危険地域だと思えるようなどんよりとした雰囲気もかもし出しています。その町並みにどら平太の黒紋付がアクセントになっている。クライマックスのみね打ちのシーンがすごい。みね打ちで悪人をぶちのめしく行くのですが、屋内の暗い中で刀がキラリと輝いて敵をぶちのめしていく。ラストのストロボ効果のようなシーンも美しい。リアリズムよりも映像美を重視しており、美しい殺陣になっている。また時間軸の流れが奉行所の役人の雑談で表現されているという手法もいい。

 主演は役所広司。飄々としていながらも、どこか油断できないどら平太を好演しています。悪役の菅原文太はくさいぐらいに芝居がかった大仰な、ふてぶてしい悪人を演じています。脇の石倉三郎石橋蓮司はケチくさい、ドジな小悪党でこの3人の取り合わせが面白い。大滝秀治加藤武三谷昇らのどこかトボけた汚職役人ぶりも見事。善が悪を退治する話なのですが、大悪人は出てこずに悪人はどこか愛嬌がある。立ち回りもみね打ちばかりで人も死なないしね。黒澤が「僕は相当人を殺しているからもういいんだ!」と主張したとか。甘いと言えば甘い話なんですが、のんびりしてて悪い感じではない。浅野ゆう子の凛とした芸者振りも映画に花を添えています。

スタッフ 監督:市川崑、製作:西岡善信、製作総指揮:中村雅哉、原作:山本周五郎、脚色:黒澤明木下惠介市川崑小林正樹、撮影:五十畑幸勇、音楽:谷川賢作、美術:西岡善信、編集:長田千鶴子 照明:下村一夫
キャスト:役所広司浅野ゆう子菅原文太、宇崎竜童、片岡鶴太郎石倉三郎石橋蓮司大滝秀治江戸家猫八岸田今日子神山繁加藤武三谷昇津嘉山正種うじきつよし、尾藤イサオ菅原加織松重豊本田博太郎

どら平太 [DVD]

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*1:ちなみにこの4人のキャストは三船プロの「待ち伏せ」で実現

*2:大映倒産後にスタッフが集まって作った会社で時代劇の製作協力を行っている。三隅研次も参加していた