親切なクムジャさん

親切なクムジャさん 11/13 TOHOシネマズ高槻 プレミアスクリーン
★★★★
イ・ヨンエを見たくて映画を見に来たおばさんたちが「なんや、わからん」と首かしげながら帰っていく様が結構面白かった。が、私にもようわからんかった。一作目「復讐者に憐れみを」では本来なら憎みあう必要のない、住む世界が全く違う者同士が殺し合い、復讐が復讐を呼ぶ無限ループを残酷に描ききり、二作目の「オールドボーイ」では復讐を誓うものが実は復讐される者であったという構成のもとに「復讐は体にいい」「復讐は生きがいだ」とまで言わしめ、結果的に復讐が生きる糧になっていた二人の男をまざまざと描き出した。そのどろどろのドラマを見事に構成して、感動作までに描き出したパク・チャヌク。本作はそのパク・チャヌクの復讐三部作のラストを飾る。

 正直な感想を言うと見終わった時、恐ろしくどっと疲れた。全てのシーンに意味があるように思えてこのシーンはどういう意味だろうと考えながら見ているうちに頭の中にふつふつと疑問が次々と噴き出してきて頭が混乱しているうちに映画は終わってしまった。前半のクムジャさんを巡る大騒動を金賢姫の逮捕された模様にパロディ化させる演出は面白かったが、後半になればなるほど頭がこんがらってくる。復讐の為に着々と準備を積み重ねていく様子をリアルに描き、実際の復讐劇には全くリアリティがない。刑務所で暮らすクムジャさんはどこか童話じみているが、周りの女囚人のエピソードは刑務所の中でも外でもリアリティに満ちている。しかしクムジャさんが出所してからの周りの人々はどこかふわふわして、現実味がない。恥ずかしいほど可愛らしいところもあるけど、ぞっとするような人間の残酷さを描き出す。なんとも不思議な映画である。

 本作のテーマは「復讐を果たした後に何が残るか」におかれている。しかしクムジャさんは自分に全て罠をかぶせて服役させた男に復讐する一方で自分もその男と共犯で子どもを殺している。この事実が明らかになる後半からストーリーの主軸がガラリと変わってしまう。つまり前述のテーマに加えて「復讐を果たすことで贖罪になるのか」というテーマが加わる。そのテーマの対比の為にストーリーはゴトリと音を立てて展開していくのだ。この展開には正直、度肝を抜かれた。いい意味で期待を完全に裏切り、ストーリーは進行していく。

 こうしたしんどい映画を何とか集中力が切れずに見ていられたのは主演のイ・ヨンエの力が大きい。14歳でモデルとしてデビュー。曰く「酸素のような女性」。圧倒的な美人である。しかもスタイルもいい。出演作品にも恵まれて「チャングムの誓い」は韓国国内だけでなく、アジアの各国でもヒットを飛ばしている。しかしあえて彼女はそのイメージを壊すような映画に出演した。自分の自己イメージを「刑務所の中親切なクムジャさん」に重ね合わせて、ドラマ展開だけでなく彼女がそうした役柄を演じるという意味で二重で観客を裏切った。インタビューによると彼女はそうした裏切りに快感を感じたらしい。ここに彼女の、役者としての業のようなものを感じる。

 彼女にせよ、チェ・ミンシクにせよ、ソン・ガンホにしても俳優と言うよりも役者と呼ぶほうがぴったり来るようなプロ意識、役者根性を超えた、ぎらぎらとした業を持った人が韓国映画のトップを走っていることは一過性でない韓国映画の深さを感じさせてくれる。クォン・サンウにしても出演作品選んでるしね。何にせよ、この手の暗い主題の映画が韓国映画を代表する女優によって作られた、という韓国映画を取り巻く状況がうらやましい。日本ならまずプロダクションがイメージが悪化するような作品には出させないだろうし、それを説得するほどの気概を持ったプロデューサーもおらんし。その韓国映画の好調が法律で国内映画を流すように義務付けたスクリーン・クオーター制という制度によるものが大きいとは知っていますが、それにしても正直、羨ましい。