イン・ザ・プール〜エレクトマン、行け!とかしちまえ!〜

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 今日、紹介するのは三木聡の「イン・ザ・プール」。前情報もほとんどいれずにあんまり期待しないで京都シネマに見に行ったんですけど、これがすごく面白かった。三木聡って人はテレビの構成作家から舞台やドラマの演出に入った人。この人が構成作家として手がけたのが「ダウンタウンのごっつええ感じ」「笑う犬の生活」「タモリ倶楽部」「トリビアの泉」と誰でも知ってる番組ばかりで予告でも「トリビアの泉」のスタッフが撮った映画というのがクローズアップされてました。

 が、個人的に一番惹かれたのは「北半球で一番くだらない番組」。何年か前に年末にやっていた単発のコント番組なんですが、これがめちゃくちゃ面白かったのだ。わけのわからんテレショッピングや猪木のブロンズ像とかの「何が面白いのか」を説明するのに苦慮するネタで理屈でなくて、不意をつかれるという感じでつい笑ってしまう。本当にくだらないし、ハマらん人からは「なんじゃこれは」なんでしょうけど、本当に笑えた。関西人の笑いとは対照的ですね。本作も特に強烈なネタはないのですが、ふと気づけばどっぷりと作品にのめりこんで一度も時計を見ることなく、見入ってしまいました。

 営業の田口(オダギリジョー)は悩んでいた。ある日突然、息子が勃起したままで戻らなくなってしまったのだ。曰く「継続性勃起症」。仕事中も人目につかないようにタオルを巻いたり、中腰で歩いたりと懸命にごまかすが上司の吉沢(きたろう)や同僚から変な奴だと思われてしまう。泌尿器科の若宮(戸田昌宏)に相談するが、勃起した息子を見て感心してるだけでまるで頼りにならない。たらい回しに精神科医に相談することとなった。

 若くして大きな責任を持つ管理職についた大森(田辺誠一)のストレス解消法は水泳だった。仕事の合間に市民プールで1時間ほど泳ぐのが日課となっていた。息抜きだったが水泳だが、仕事が忙しくなるにつれて毎日水泳に行かねば我慢できない体になっていたのだ。

 ルポライター岩村市川実和子)は取材へ向かうタクシーの車内でガスタンクを見ながら、「家のガス栓を閉めてきただろうか」と考えていた。一度考え出すと不安になり始めて、そういや鍵を閉めただろうか?アイロンの電源は抜いていたか?と次々と考えが浮かんできて取材をすっぽかして家に帰ってしまった。元々、几帳面な性格で外出の際には人一倍、チェックを怠らないのだがいくら確認しても不安で仕方が無い。彼女は自分を「強迫神経症」と判断して精神科医に相談することを決める。

 田口と岩村が向かったのは伊良部総合病院の神経科。ここの担当医の伊良部一郎(松尾スズキ)は病院の跡取り息子。格好も白衣の下にヒョウ柄のシャツでおそろいの特注したヒョウ柄の靴と見た目からダメそうなんだが、性格もダメダメ。いい加減でマザコンでお気楽で気分屋で感じにも優しくない。しかも悪い女に引っかかってバツイチで現在、離婚係争中。横にいる、看護婦という職業に最もつりあわないと思われる、看護婦のマユミ(MAIKO)もなんだかわからない。

 しかし、伊良部が無神経に言い放つ一言がなかなかバカにできないのだ。田口は「何か、心にひっかかるものがあるんじゃないですか?」と言われて、別れた女房のことを考えた。田口は数年前に女房に浮気されて離婚している。田口は怒ることができない性格で仕事場でも大きな声を出したことが無い。そしてこの時も女房を怒らなかった。「もう終わったんだ」と納得しての離婚だったが、今でも女房の夢を見る。「オレは未練たらしいのか。。」一方、岩村は「強迫神経症の人は折り畳み傘を持ってるはずだ」と肌身離さずに持ってる折り畳み傘を取られてしまう。果たして夕方に夕立がやってきた。雨の中でずぶ濡れになって帰る岩村の顔はなぜか微笑が浮かんでいた。。

 ストーリーではさほど起伏がないので、メリハリにかけるような気がするがテンポの緩急を使い分けて飽きさせずに見せてくれる。オーバーなしぐさや面白い台詞で笑わせるのではなくて、何気ないやり取りがとっても面白い。”間”という説明しにくいものをとっても大切にしている。そこに俳優の持っている独特な味が加味されて笑えるものになっているのだ。だからこの映画の成功はやはりキャスティングによるものが大きかった。松尾スズキオダギリジョー田辺誠一市川実和子という絶妙なキャスティングがやっぱり見事。脇役でも「女子高生のおいしい水」の森本レオから岩松了、きたろう、三谷昇と曲者をずらりとそろえているのが楽しい。オーバーな演技にならずにサラリと流してて面白い”間”を出している。ただ一人、伊良部一郎演じる松尾スズキがオーバーアクションで変なキャラクターでこれが映画の中における役柄の特殊さをくっきりと浮かび上がらせて映画のアクセントになっている。「何をこの腐れ売女(バイタと読みます)!てめえなんて硫酸と硝酸かけてとかしてやる!」とブチ切れるシーンが爆笑。伏線として田辺誠一のドラマがあるんですが、これの展開も読めなくて面白い。

 オダギリジョーはインタビューとかでもやたらに難しいこと言うし、この人はスカした厭な野郎だと思ってたのですが、考えが変わりました。勃起した股間を押さえながら中腰で握手したり、別れた妻をこっそりと尾行したりと下半身勃起させたままの情けない男も結構似合うし、かっこ悪さに徹した芝居をやってる。ライフカードのCMもそうだったんですがこの人にはコメディの素質がありますな。真面目な演技だけでなく、こういう素っ頓狂に叫ぶ演技もうまい。ラストのブチキレシーンも必死になって怒ってるという感じで大笑いしてしまう。松尾スズキとのやり取りも、テンポ落とすことなくの応酬がお見事だしねえ。田辺誠一も、人生を順調に送っているエリートが徐々に壊れていく様子をうまく演じている。市川実和子も小声で「ガビーン」とつぶやいたりとかわいい。

 ヘンテコな理屈で患者を煙に巻いて、自己暗示をかけて自分がそれを患者本人乗り越えた時に症状もスッと消してしまうという伊良部先生の理論は相当に奥が深い。人間の心なんて複雑なように見えても案外、簡単にできてる。怒りを爆発できないし、財布が手元にないと安心できない、体動かさないと夜は眠れないと見に覚えありまくりの私には人事ではありません。まー気楽に行きましょうってことで。

監督、脚本:三木聡 原作:奥田英朗 撮影:小林元 美術:花谷秀文

出演:松尾スズキオダギリジョー田辺誠一市川実和子MAIKO森本レオ岩松了ふせえり、きたろう、三谷昇、ちはる、戸田昌宏江口のりこ真木よう子藤田陽子中村優子松岡俊介田中要次、鈴木一功、木下ほうか、織田俊樹、嶋田久作