がめつい奴〜信頼している人間を裏切るような奴はクズや〜

mimasu

 今日、紹介するのは「がめつい奴」。1960年の東宝の作品で菊田一夫の戯曲を映画化したもの。東宝芸術座の舞台は大人気でロングランにロングランを重ねて372回も上演されて観客数を21万人を動員。昭和58年に劇団四季「キャッツ」に破られるまでロングランの記録でした。映画化にあたり、製作は東宝娯楽映画の総司令官であった藤本真澄で監督は社長シリーズの第一作目「へそくり社長」を撮った千葉泰樹で脚本はこれまた東宝娯楽映画を多く書いた笠原良三笠原和夫の師匠でもあるが、縁戚ではない)と完璧な布陣。

 大阪最大のドヤ街、釜ヶ崎。鹿婆(三益愛子)はここで簡易宿泊所、つまりドヤを息子の健太(高島忠夫)と娘のお咲(原知佐子)と経営している。他に彼女の身の回りをするテコ(中山千夏)がいた。彼女は捨て子で頭も少し弱かった。鹿婆は金以外のものを信じずに息子からも容赦なく、金を取り立てる。彼女が信頼しているのはテコ一人であった。

 落ちているものは拾ったもののもん。これが釜ヶ崎の常識である。釜ヶ崎で車事故が起こるとドヤの住人は我さきに事故現場に駆けつける。運転手を病院に無理やり護送してしまうと車を解体してしまい、クズ鉄屋に売りつけてしまう。警官が事故現場に駆けつけた時には車がすっかりなくなってしまっていたのだ。ポンコツ屋の熊吉(森雅之)はその専門でドヤでクズ鉄屋と取引してしまう。ところが上手がいる。鹿婆だ。「賭場でも一割のテラ銭がある。おまえら、代金の一割出さんかい」と金を巻き上げてしまう。集金はもっぱら健太の仕事だった。健太は常客のホルモン屋の姉妹の妹絹(団令子)とデキている。が鹿婆はそれが気に入らない。なぜなら絹の姉初江(草笛光子)は戦前に釜ヶ崎一帯の土地を持っていた地主の娘。絹はまったく覚えていないが初江はそのことを知っており、何とか土地を取り戻そうと後生大事に権利書を握り締めていた。そして実は鹿婆はこの地主の女中だったのだ。

 ある日、鹿婆の義弟と名乗る彦八(森繁久彌)がやってきた。鹿婆はまったく相手にしないが彦八は鹿婆が三千万円ほどの資産を持っていると健太に吹き込んだ。健太は分け前をよこせ、と鹿婆に詰め寄る。一方、初江から権利書を騙し取った熊吉は200万円でヤクザの升金(山茶花究)で売り払ってしまった。升金は鹿婆に立ち退きを要求するが。。。

 やはり注目は舞台と同じ役をやった三益愛子中山千夏三益愛子は、文豪で大映の重役でもあった川口松太郎の妻。*1川口は引退していた彼女を母物映画の主演に引っ張り出します。母物映画ってのはストーリーは単純で、今の韓国映画みたいに泣かせることだけに尽力したもんだったようです。とにかく、なさぬ仲の親子が出てきて三益さんが母親役で最後は別れのシーンがあって泣く。こんな映画が大ヒットしたおしてシリーズが31作もあったとか。私はその手の映画は苦手なので知らなくて、三益愛子と言えば「横浜暗黒街 マシンガンの竜」が印象に強い。菅原文太の母親役で親子でお風呂入ってるシーンが強烈。「がめつい奴」では金歯をてかてか光らせながら目をむいて喋る因業婆で最近逮捕された奈良の引越し婆並みに強烈。どんな顔で母物やってたのか、想像もつきまへん。

 中山千夏は当時12歳。人気舞台作家の菊田一夫に見出され、「がめつい奴」のテコ役に抜擢。名子役として名をはせ参じます。少し頭の弱いテコの役をのびのびと熱演。森繁とのやり取りのテンポのうまさもすごいが、ラストの人形を抱えて歌いだすシーンもすごい。無邪気に悲しげな歌を歌うことで映画のラストに余韻を出している。この人は器用な人で、長じても女優、司会者、政治家、作家、歌手、声優としてマルチな才能を発揮します。が、ルポライター竹中労は彼女を駅弁才女と称した。駅弁は皆に愛されますが、駅弁ばかり食べる人はいないし、味を覚えている人はいない。何でもできる、ということは何にもできないということと一緒。後に参議院議員になったり、*2直木賞候補の作家になったりと世の中を騒がせますが最近はさっぱり。古賀議員の学歴詐称問題の時に朝日新聞に「学歴なんて気にしちゃいけない」とかわけのわからんことを書いていたっけ。私たちの世代にとっての中山千夏じゃりン子チエのチエちゃんの声優さんですね。

 大阪では無駄使いしないことは「始末する」と言いますが、鹿婆の場合は始末というよりも吝嗇、言わばケチの領域です。がめつい、は言わば、ケチ、吝嗇の大阪弁。昔から使われていた言葉ではなかったようで、この戯曲で作られた言葉だという説もあります。鹿婆のキャラは強烈でラストまでその因業さに欠けるところもありません。ホンマにえげつない。森雅之にしても高島忠夫にしても決していい人間でがありませんが、生きる意欲に満ちています。どうしようもない奴らでそのバイタリティには呆れもするが、羨ましいなあとも思ってしまうのだ。突き抜けた明るさでがちゃがちゃ騒がしく楽しい映画になっています。映画で役者の持ち味を大切にしています。こんな暮らしは仮の暮らしや、と考えている姉と釜ヶ崎での生活を楽しんでいる妹の姉妹が印象的で妹を演じた団令子が抜群にいい。森繁の安定した詐欺師っぷりも惚れ惚れするほど。この映画が作られた1960年と言えば、日本映画は花盛りでそのトップランナーだった東宝も最も元気でした。なお、「がめつい奴」は今でも舞台化されていますし、1970年には鹿婆が三益愛子でテコを藤山直美(当時は直子)というキャストでドラマ化もされています。

監督:千葉泰樹、製作:藤本真澄、原作:菊田一夫、脚色:笠原良三、撮影:完倉泰一、 音楽:古関裕而、美術:河東安英
出演:三益愛子高島忠夫原知佐子中山千夏森繁久彌草笛光子、団令子、森雅之、安西郷子、藤木悠東郷晴子、佐田豊天本英世、田武謙三、沢村いき雄、山茶花究西村晃多々良純中村是好

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*1:戦後の大映は文学者を重役に迎えた。菊池寛が社長だった頃もある。ちなみに松太郎と愛子の間に生まれたのが探検家の川口浩

*2:話の特集」編集長とのスキャンダルもあった。