犬塚稔、死去
犬塚稔が亡くなった。1901年生まれで享年106歳。22歳の年に関東大震災を経験し、(被災はしていない)長谷川一夫のデビュー作「稚児の剣法」を監督した人なので、もはや映画史上の人であった。
先日、湯布院映画祭で撮影監督の森田富士夫氏にお話を伺った際に「犬塚稔さんはまだお元気なんでしょうか?」と聞いてみたところ、「さあ、、多分死んだと聞かないから元気やないかな」とのお返事であった。大映の大先輩だし、当然交流があると思っていたがそうでもなかったらしい。やはり、勝新太郎との裁判の影響だろうか、などと思った。ちなみに森田氏には勝新について、色々伺ったんでまた書きます。昔のことばっかり尋ねるケッタイな男を気に入ってくれたのか、色々話してくれました。森田監督も今年80歳です。みんな、年いきましたな。
大映ファンにとっての犬塚稔はやはり「座頭市物語」などの大映傑作時代劇の脚本家としての仕事ぶりが印象的だが、戦前は監督としても活躍した。前述の長谷川一夫(当時はまだ林長二郎。後に松竹から東宝に移籍した際に、松竹が雇った極道に顔を切られた)のデビュー作となった「稚児の剣法」は同時に犬塚稔の監督、脚本デビュー作であり、撮影を担当した円谷英二にとってもデビュー作であった。長谷川一夫は本作でブレイク。犬塚も監督の才能を認められて、一時期は阪東妻三郎の阪妻プロに引き抜かれる。阪妻プロでは9日で映画を撮ったりと随分苦労したらしい。
戦後は脚本に専念。時代劇を得意とし、大映の全盛期を支えた。市川雷蔵の「お嬢吉三」(田中徳三監督作品)もこの人が書いた。同期デビューの市川雷蔵に比べるとなかなか目が出なかった勝新は、人の道を外れたあんまが悪行の限りを尽くすエログロ講談「不知火検校」に出会う。勝新は自ら、原作権を交渉し、頭をそり上げ、徹底的に役作りに専念する。そうした勝新の意欲にスタッフも応えた。脚本を犬塚稔、監督は森一生。二人とも映画を知り尽くしたベテランであった。「不知火検校」は犬塚にも森にも、そして勝新にとっても代表作となり、勝新は念願のブレイクを果たす。犬塚稔は「不知火検校」で勝新が演じた「杉の市」から、あるキャラクターを創造する。上下関係が厳しいあんまの世界で自由に生きる、酒と博打と女が大好きで、腕が滅法切れる、盲目のヤクザ。。子母澤寛の短編から題材が取られた「座頭市物語」で勝新は大映を、やがて日本を代表する俳優となる。しかし人気シリーズになるにつれて、徐々に座頭市のイメージを巡って、犬塚は大映と対立。遂には座頭市シリーズから降板し、同時に映画界からも離れてしまう。
「にっぽん脚本家クロニクル」によると後に勝は犬塚に侘びを入れて、もう一度脚本を書いてもらっている。それが1972年の「新座頭市物語 折れた杖」。勝自身の監督作品である。犬塚氏は出来栄えには満足しなかった(実際につまらん作品である)ようだが、テレビの「座頭市」シリーズにも脚本を提供している。しかし、1989年の「座頭市」の脚本料を巡って両者の関係は決裂。訴訟にまで発展している。
2002年の阪妻映画祭のパンフレットに山根貞男さんが行ったインタビューが載っている。この時、御年101歳。戦争末期、田舎に墜落したB29の乗組員を描いた脚本を執筆中、その名も「ラブ・イズ・ベスト」(すげえ題名)を執筆中と語っている。同年、ドキュメンタリーへの出演、エッセイの出版も行っているそうだが、私は見ていない。
正直、まだ生きてはったんや、という感が強いが、100歳越えてもまだ脚本を書き続けていたという気力に胸を打たれる。
悪の限りを尽くす悪人を描きながらもどこかに爽快感を感じさせてくれる「不知火検校」も好きだが、スタイリッシュで最高にかっこいい男なれど、ラストに「俺たちヤクザは日陰者だ。。調子にのるんじゃねえ!」と自己を否定するニヒリズムで、観客をしびれさせた「座頭市物語」が好きだ。荒々しくもあり、どこかさびしげなアンチヒーロー、という今までの映画になかったキャラクターを作って見せた脚本家、そしてそれを自分のハマリ役にした俳優、そして持てる職人技でその世界観を実現させた監督。。昔の映画はかくも豊饒であったのだ。勝新太郎、三隅研二(「座頭市物語」監督)、森一生は既に無い。大映、いや日本の映画史を知り尽くした男が世を去った。晩年の滋賀県にご在住であったと聞く。合掌。
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