船越英二、死去
船越英二が亡くなった。享年84歳。もう引退もされていたし、お年もお年なのでいつか訃報を聞くこともあろうと思っていたが、いざ聞くとやはり寂しい。最近、市川崑の作品を集中的に見ていたのだが、船越さんは大映時代の市川作品の常連であった。しょっちゅう船越さんを見ていたので余計にその思いがその思いが強い。幾度も書いているが、映画は時代を超える。古い作品でも、今もなお人々の心をつかんで離さない傑作。東宝、松竹、東映、日活も数多くの傑作を残したが、私が一番好きなのは大映。船越さんはその大映の俳優であった。
笑顔がチャーミングで物腰穏やか、というよりもぼんやりとした感じ。まさに人のいいお父さんという役柄がぴったりであったが、演じた役柄は実に様々。「あにいもうと」で演じたような、だらしない優柔不断な男もうまかった。「氷点」の静かに感情を押し殺して妻に復讐を誓う夫役も印象的だし、「白い巨塔」での知性あふれる大学教授役も忘れがたい。増村保造と市川崑の作品に多く出演した。
増村保造の作品では圧巻だったのはやはり「盲獣」。生まれながらに視力がない男の美しいものに対する、飽くなき執念、妄執。決して悪人ではない。だからこそ、恐ろしい人間の業、そうしたものを遠慮一尺無く演じきった演技はすさまじかった。独特の甲高い声で必死に緑魔子に迫る姿に背筋が寒くなった。増村作品では他に「卍」。岸田今日子、若尾文子に翻弄される中年男(そして映画で唯一、普通の人であった)を人の良さを感じさせる好演であった。忘れちゃならん「好色一代男」の月夜の利佐。世之介の力で愛しい高尾を妻にしたのがいいが、貧乏暮らしで耐えかねて毎日喧嘩ばかり。
市川翁作品では「黒い十人の女」。相当にあくどい男なのだが、少し甘えたような声で女に囁きかけて、虜にしてしまう。しかし、結局は女の手中で踊っていただけ。それに気づいた時の情けない動揺ぶりも楽しいし、仕事にしか生きられない男の無力さ、情けなさをくっきり示しており、見事。「ぼんち」のにこやかなお父さん役も印象的だった。「私は二歳」とかまだ見てない作品もあるので、今後も見て行きたい。
もう一つあげたいのは「男はつらいよ 寅次郎相合い傘」のパパさん役。大企業の課長さんだが家庭や仕事が厭になって蒸発。寅次郎、リリーと道連れになる。小樽まで初恋の人に会いに行く。彼女は町で小さな喫茶店を営んでいる。その甲斐甲斐しく働く姿に名乗ることもできずに店を去ろうとするパパさん。しかし、彼女は彼のことを覚えていた。久方の再会はどこかぎちこなかったが、パパさんは帰路につく。。浅丘ルリ子の演技も含めて「男はつらいよ」シリーズで最も好きな作品だ。
大映がつぶれた後はテレビに活躍をうつした。私がリアルタイムで見たのは入れ歯のCMぐらいだな。オールタイム男前ベスト。私が選ぶ三人の男は一に田宮次郎、二に内田良平、そして三に船越英二であった。三人とも世を去った。もうこの世に男前はいない。合掌。
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