御巣鷹山〜君は渡辺文樹を見たか〜

御巣鷹山2


御巣鷹山 7/5 京都府府民ホールアルティ

 私が渡辺文樹の名前を知ったのは佐野眞一の「日本映画は、いま」であったが、思い起こせば高校生の時に私の住む、田舎町で彼の映画が上映されていたのだった。当時、私は自転車で通学していたのだが、いつもと違う街の雰囲気に面食らった。道路の両側に立つ電信柱、そのすべてにポスターが貼られていたのだ。あまりに気持ち悪い絵柄にとても近づく気にはならなかったが、ポスターに貼られた短冊にマジックで殴り書きされた文句は今でも覚えている。「本物の殺人者が出ています」「心臓の弱い人は見てはいけません!」「吐くこと、必死!」などなど。それが「罵詈雑言」という映画であったことを知ったのは映画ファンになってからであった。当時は映画なのか、舞台なのか、ライブなのか、なんだかわからんかった。とにかく、行こうという気にはならんかった。ポスターは当時、ケンミンの焼きビーフンのCMで使われていた絵柄にそっくりで、ホリヒロシの人形みたいな気味悪い絵であった。




 80年代後半、渡辺文樹は映画業界でそこそこ有名な自主映画の監督であった。福島で家庭教師をしながらつくった「家庭教師」が高く評価され、松竹の敏腕プロデューサーだった奥山和由に認められた。「自由に撮っていいが、天皇と同和と警察には触れるな」とポンと3000万円を渡した。奥山の太っ腹ぶりもすごい。



 福島の方言で「葬式」を意味する「ザザンボ」という映画は1976年に自殺した知的障害の子どもを扱ったものであった。試写を見た奥山はオクラ入りを渡辺に通告。渡辺は子どもの死を祖父による殺人と考え、その殺人現場で昭和天皇御真影のアップを使ったのだ。ここをカットすれば、奥山は公開できると言ったらしいが、渡辺はそのシーンに天皇部落における障害弱者の虐殺の意味を込めており、拒否。3000万円でフィルムを買い取り、自主上映の道を選んだ。ここを切れば公開できる、と言った奥山もすごいと思うが、メジャーへの道を自ら蹴飛ばし、自らのスタイルを貫いた渡辺の選択もすごい。



 渡辺文樹は単なる奇人ではなく、日本映画を代表する映画監督になる可能性も充分あったのだ。「ザザンボ」に引き続いて、「罵詈雑言」「腹腹時計」を発表、フィルム巻背負って文字通りの見世物巡業。全国の公民館を回り、ポスターを貼りまくり例の宣伝方法で上映を敢行した。上映を断った市には「この市は文化を理解しない!」と殴り書きされたポスターを残して渡辺は去っていく。(どっちにしてもポスターはおいておくのね)一体何だったのか、と人は不思議に思い、その出来事は同時代に生きる者の伝説となっていく。



 ネットを見てみると私のように渡辺文樹という名前を知らなくても、映画を見ていなくても、このポスターが子ども時代の強烈な思い出と残っている人は案外、多かった。渡辺文樹という名前、作品は知らなくてもその強烈なゲリラ上映、宣伝方法は都市伝説として残っていくだろう。



 その渡辺文樹の最新作「御巣鷹山」が本日、京都で上映された。北朝鮮がその快挙を祝うようにテポドンをぶち上げた日の夕刻、京都府府民ホールに渡辺文樹は上洛してきた。会場はよりによって、京都御所のすぐそばの京都府府民ホールアルティ。皇宮警察の出動があるのではないか、と不安になるも会場周りには看板もなく、静かなもんであった。京都は立て看板やポスターに人一倍うるさいので、既に撤去されてしまったのかもしれん。



 6時半の開場にあわせて出向くが、会場は開いておらずに30人ぐらいが列を作っていた。入場券はどこに売ってるか、とお客が警備員に聞いているが、よう知りまへんねん、これ何の上映ですか?と逆に聞かれていた。やがて、開場。ポスターの前で腐女子二人組が写真を撮っていた。この二人は会場でもシャッターきりまくり(しかもデジカメじゃなくて、インスタントカメラでだ)物好きな人もいるなあと思ったが、今にして思えばこの二人は私服(警官)だったような気がする。特に証拠はないが、今時インスタントカメラってのが需用費が全くない警察らしい。無理に浮かれた客を演じてるようにも見えた。



 入り口で幸薄そうな、光浦似のおばさんが受付をしていた。多分、この人が渡辺文樹の(略奪された)奥さんなんだろう。横にまだ小さな女の子がうろうろしていたが、娘さんか?帰るときに「ありがとうございましたあ」と必死に声を張り上げていた。がんばれ。



 会場にはいろんな人が集合していたが、プロ市民特有のスタイル、あごひげ+眼鏡(でも坊主ではない)の方が結構おられた。やっぱり真面目に社会派の映画だと思って来てるんだろうな。小室等みたいなオッサンもおったしな。妙に大荷物の遠征してきたのか?と思わせるカップル、面白半分に見に来たと思われる、終始ニヤニヤした若者達、渡辺文樹が何者か知らずに社会派の映画だと思ってやってきた、カルチャーセンターに通ってそうな老夫婦になぜか、結構綺麗な女の子が颯爽と見に来てたりで会場は7割ほどの入り。やっぱり男性が多かった。白髪の爺さんがずっと映写機をいじくってる他に関係者と思われる人はなく、観客はB4のびっしり解説が書いてあるチラシの裏を食い入るように読みふけり、静かに上映を待っていた。いい観客だな。そして上映時刻の7時を過ぎた頃、突然「皆さん、今日はご来場ありがとうございました」と声が聞こえた。声の主を探すと何と映写機をいじくっていた白髪の太った爺さん。え。。この人が渡辺文樹なん?こんな爺さんだったんか?そして本当に監督が映写機回すの?



 呆然となる観客を尻目に映写機の準備をしながら、渡辺監督はこの映画を作った経過を語り始める。だが、声が小さい上に早口で何を言うてるんか、ようわからん。とりあえず、航空自衛隊の幕僚が「とんでもないことをやってしまった。。」と告白したとかなんとかで映画を作ろうと思ったらしい。映写機の準備ができたら、映画の上映はスタート。ちなみに音声はずっと3秒ぐらいは遅れていたので微妙に台詞があってなかった。



 映画はまず80年代イランから始まる。イランを中心とした中近東の不安な政情、そして核実験に対する危惧についてナレーションが語る。中近東の映像が流れるのですが、これはどっかのニュース映像かヒストリーチャンネルかなんかだろう。このシーンはわけがわからんのですが、ラストに意味がわかってくる。



 中曽根康弘実名)の私設秘書が山で遭難する。捜索隊が出るも娘とともに遺体で発見。この模様をドキュメンタリータッチに見せるが、声が聞き取りにくく何を言っているのか、よくわからん。そこで秘書の日記が発見され、秘話が明かされていく。。この日記、字がでかっ!



 舞台は1985年師走。中曽根首相は地元の行事に参加していた。そこにやってくるのが後援会の渡辺。これが渡辺文樹ね。子どもを引き連れてやってくる。子どもを引き連れてやってくる意味はあまりない。仕事で大阪に向かう息子の弘文(実名)を見送り、中曽根元首相は渡辺に面会する。



 晩年の若山富三郎のような迫力を持った渡辺と役者の名前は知らんが(渡辺曰く「今回のキャストは絞った」とのこと)中曽根の対峙、これがなかなかに迫力があった。アップを多用して鬼気迫る空間を作り出していたのは、さすが評論家にその演出手腕を絶賛されただけのことはあると素直に思った。中曽根は全く本人には似ていないのだが、そっくりさんを出すよりも表情に迫力のある役者を選んだのはさすがだ。台詞も時代かかっているし、奉行所のような雰囲気である。まるで奉行のように中曽根が高いところにふんぞり返り、下手人のようにその下で渡辺が控える。渡辺の後ろに剣道着姿で控える有段者。演じるのはどっかの老人会の人たち。(多分)この人たちが後に大活躍する



 面会した渡辺は日航機墜落事故について語り始める。渡辺は孫をこの事故で失ったのだ。何を言いたいか、を感じ取った中曽根は「先日、日航機墜落事故で家族を亡くした夫婦がおりましてな。その夫婦が言うには日航機は自衛隊機に撃墜された、と。夫婦は日航機の誘導を行った自衛隊機のパイロットに詰め寄った。夫婦はセスナ機の中でパイロットに凶行に及び、セスナ機から飛び降り自殺してしまった」と語る。この再現フィルムが正直、しょぼい。しかもこの夫婦役がすげえ大根で特に男の方の演技がひどい。しかも、この時点では何が起こったのかさっぱりわからん。



 「実はその夫婦は私の存じよりのもであってな。。」と無表情に語る渡辺。続けての言葉に中曽根は顔色を失った。「弘文氏の乗っておられる飛行機に爆弾を仕掛けた。。解除の方法は私しか知らない。。。解除したければある男を呼んでもらおう」実はその夫婦は渡辺の娘夫婦であったのだ。渡辺の要求どおり、中曽根は自衛隊機のパイロットとセスナに同乗していたカメラマンの召還を受けざるをえなかった。。

 ストーリーはこんな感じ。あとは気づいたことだけを箇条書きで。

●家が燃えるシーンがあるが、あれはどっかの火事を撮ったんだろうな。



●渡辺の友人がえらくあっさり死にすぎ



●警察の会見がなんで図書館でなのか



●息子はNHK(実名)の取材記者という設定で「NHKの者だ!」と叫ぶシーンでつい笑ってしまった。



●渡辺を見守る先生役に奥さんが出演。この人は孫と一緒にあっさりと飛行機事故で死ぬが、誰もその死を悼まない



自衛隊役に殺し屋役、結婚式の客と老人会が大活躍である。この人たちはこの映画が何かわかって参加してるんだろうか。



●事故現場のシーンでは大雪原に肉槐を転がして気持ち悪い雰囲気を出しているが、よく見ればただの鶏肉が転がってるだけだ。



●息子役の演技がとてもうざい。ふくれっつらの豚でとてもアメリカに派遣されるような敏腕NHK記者(ここ笑うとこ)に見えない。



息子夫婦が飛行機に乗っている赤ちゃんを見て大騒ぎするシーンは笑うとこか?



生後何ヶ月の赤ちゃんでは「じいちゃん、じいちゃん」って言わんだろう。



●顔中包帯だらけの男が血を流して死ぬシーンはなかなかかっこいいが、わけがわからん。



突然、飯島洋一みたいな男が出てくるが何者か最後までわからん。



●飛行機の観客がバンザイするシーンで笑った



●最後はお馴染みの大乱闘。控えていた剣道老人たちが一斉にかかってくるのは逆の意味で怖かった。文樹は木のおもちゃで闘い、次々と敵をなぎ倒していく。竹刀と木刀なのに血がびゅんびゅん出る。この室内での戦いでは敵を逆光でとらえたりと様々な工夫がされているが、爺さん同士の喧嘩じゃなあ。。



●そして驚愕の事実!



 見ていない人には何のこっちゃわからんでしょうが、案外普通に面白い。ただ、ラスト近くの証拠を握るシーンがさっぱりわからん。この日航機墜落には色々と不思議なところがあって、横田基地緊急着陸する予定だったのに突然、違う方向に向かったり、墜落寸前の写真では垂直尾翼が取れていたり、事故現場がどこか混乱したりと色々あった。そこから荒唐無稽に話を膨らませるのは面白い、と思う。見事な劇映画となっていた。この人はやっぱり映画監督だ。



 今回の予算は大学のOB会をだましてせしめた2000万円。見た目は老けているが今年で53歳。今後もどんな映画を作っていくか、あと5本ぐらいは作りそうだが、様々な都市伝説をこれからも生んでいくのであろう。いつか、あなたの街にも文樹がやってくるかもしれない。確実に言えるのはただ一つ。彼の作品は彼の上映会でしか見ることができない



同時代を生きる者として伝説を見届けたくないか?



長文、ご容赦。つたない感想から会場の様子を感じ取っていただければ幸いっす。